フラ・アンジェリコの‘受胎告知’(1440年代前半 サン・マルコ美)
クリヴェリの‘聖エミデイウスを伴う受胎告知’(1486年 ナショナルギャラリー)
ティントレットの‘受胎告知’(1582~87年 聖ロクス同信会)
ミレイの‘見よ、われは主のはしためなり’(1850年 テート美)
西洋絵画への関心が強まったとき、観たい絵は二つあった。ルネサンス絵
画と印象派。では、どこの美術館を訪問すると思いの丈が叶えられるのか。
ルネサンス絵画はいい絵がたくさんあるが、先ず目指したのは花の都、
フィレンツェ。ここはあまり大きな街ではないから人気のウフィッツィ美
で傑作の数々をみたあと、ガイドブックに載っている教会へ足を運ぶと、
もういっぱしのルネサンス絵画や彫刻の通になれること請け合い。感じ方
が十分でなくても、本物をみて美術の真髄にふれたのだから、これは大
きな鑑賞体験になる。
サン・マルコ美でフラ・アンジェリコ(1395~1455)の‘受胎告知’
をみたことは一生の思い出である。これが最も有名な受胎告知の絵か、と
息を呑んでみていた。全体に簡素な色彩の中で、聖母マリアに神の子を身
ごもったことを伝える大天使ガブリエルの色鮮やかな翼に目が点になった。
一回目のフィレンツェ旅行ではこの絵とボッティチェッリの‘ヴィーナスの
誕生’に遭遇できたことが一番の収穫だった。
日本の美術館でお目にかかったエル・グレコ(1541~1614)の
‘受胎告知’にも大変魅了されている。この絵と同じ構成で描かれたものは
大原美のほかにもう2点あることを1986年西洋美で開催された回顧展
で知った。その一枚(ブダペスト美蔵)が一緒に飾られていた。こんな質
の高い特別展がどーんと開かれる。日本はつくづく美術大国だなと思った。
もう3点、惹かれるのがある。ロンドンのナショナルギャラリーが所蔵するクリヴェリ(1430年代~1494?)の‘聖エミディウスを伴う受胎告知’。印象深いのは聖霊の鳩が天からマリアの部屋に飛んで来た道筋を示す金色の光線。遠近法の構図で個々の細部が緻密に描写されているのでまるで映画のワンカットをみているよう。ヴェネツィア派の巨匠、ティントレット(1519~1594)の作品は空から舞い下る天使をはじめ、動きに富んだ溌溂とした表現が忘れられない。これに比べると縦長の画面に描かれたミレイ(1829~1896)の‘受胎告知’はとても静かで、マリアはどうして神の子の母親になるのかしら?という感じ。