ヨーロッパにでかけ美術館に飾られているギリシャ神話を題材にした絵を前
のめりになって鑑賞できるのは、ホメロスの‘イリアス‘や‘オデュッセイア‘を
夢中になって読んだから。これに対し、古代ローマの話を絵画化したプッサ
ンの歴史画などはまだ十分に消化しきれてないことが多い。西洋の歴史とな
ると国も多く情報を整理し全体の流れをつかむのは大変。でも、これが日本
の歴史画だとがぜん目に力が入り、時間をかけてみるようになる。
小堀鞆音(こぼりともと 1864~1931)の‘武士(もののふ)’は数多く
ある歴史画では印象の強さからいうと第一列に並んでいる傑作。歴史画好き
な人ならこの絵をみてすぐピンとくるのは前田青邨の‘洞窟の頼朝’ではなかろ
うか。顔がよく似ているが、鞆音が描いたのは弓術に優れた悲劇の英雄、
源為朝。‘那須宗隆射扇図’は‘平家物語’にでてくる有名な故事が描かれている。
源平合戦屋島の戦い(1185年)のおり、平家方から小舟の扇を射落とし
てみよとの申し出に下野(しもつけ)の住人那須与一が見事これを射落とした。
東近美の平常展にときどきでてくる松岡映丘(1881~1938)の‘屋島
の義経’は‘武士’同様、圧倒的な存在感をみせる堂々とした姿が印象深い。とこ
ろが、率直な感想は安田靫彦の‘黄瀬川の陣’に描かれた美しい若武者、義経を
みたあとでは、この武士は義経よりは頼朝のほうがぴったりのような気がす
る。映丘の作品で‘昭和の日本画100選’に選ばれたのは‘右大臣実朝’、やまと
絵画家の映丘は有職故事に精通しており、衣冠束帯の精緻な描写に目を見張ら
される。本当にすばらしい!まるで‘源氏物語絵巻’や‘紫式部日記絵巻‘をみて
いるよう。
東芸大美にある‘伊香保の沼’は映丘の画風では異色の人物描写が心を打つ。
中央で髪を長くのばし亡霊めいた雰囲気を醸し出す女が沼につきでた岩
にすわり、素足を水の中につけている。草花がまわりを囲み遠くでは白い雲が
怪しげにゆらゆらしている。このあと何がおこるのか。