東博本館へ頻繁に通っていたころ、1階向かって左奥の展示室に進み飾られ
る近代日本画をみるのが大きな楽しみだった。東近美にある日本画とくらべ
ると、ここにでてくる作品は縦長の大作が多いことと必ず長い画巻を全部み
せてくれるのが特徴。そのなかでとくに気分がハイになるのが今村紫紅
(1880~1916)の‘熱国之巻’が登場したとき。だから、HPで展示情
報を定点観測し鑑賞の機会を逃さないようにしていた。
インド旅行の体験をもとに描かれたこの絵は‘朝之巻’、‘夕之巻’の2巻からな
っている。心をとらえて離さないのが明るい色。強く印象に残る地面の橙
色と木々の緑、そして海の波を表す青のにょろにょろ線、あるいはリズミカ
ルに連続する三角。サプライズの色彩美は目を画面にぐっと近づけてみると
もうひとつ加わる。それは画面全体に使われている金砂子。インドの熱い気候
は2度の訪問で実感しているから、この装飾的な表現には敏感に反応する。
この傑作に何度もお目にかかれるのは本当に幸せである。平塚市美蔵の
‘水汲女・牛飼男’もつい夢中になってみてしまう。
紫紅の天性のカラリストぶりがうかがえる作品が東博にはもうひとつある。
同じく重文に指定されている‘近江八景’。大観にも牧谿の瀟湘八景を変奏した
作品(重文)があるが、紫紅は歌川広重らが描いた近江八景にチャレンジし
ている。この4幅は右から唐崎夜雨、粟津晴嵐、三井晩鐘、比良暮雪、一番好
きなのは海の青と雲の白が輝く‘比良暮雪’。
三渓園であった回顧展でようやくみることができた‘護花鈴’も傑作。桜の花を
鳥から守るため、赤い紐に鈴をつけて桜の木を囲っている。こういう話は日本
画を趣味にしてなかったら、一生知らなかったかもしれない。これが絵画の力
であり、メディアの役割を果たしている。お馴染みの画題‘龍虎’ではっとする
のは体の一部を画面からはみ出させるという意表を突いた空間構成。こういう
発想はなかなかでてこない。