マンテーニャの‘ゲッセマネの園で苦悩’(1455年 ナショナルギャラリー)
ドガの‘フェルナンド・サーカスのララ嬢’(1879年 ナショナルギャラリー)
モネの‘カピュシーヌ大通り’(1873年 ネルソン=アトキンズ美)
ボッチョーニの‘アーケードでの喧嘩’(1911年 ブレラ美)
人物や風景がどの視点から描かれているかで絵の印象はずいぶん変わる。
画家のなかには視点を固定させないで、柔軟に動かすことのできる特異な才
能の持ち主がいる。マンテーニャ(1431~1506)はそのひとり。最
も度肝を抜かれたのはミラノのブレア美でお目にかかった死んだキリストを
足の裏のほうから短縮法で描いた‘死せるキリスト’。こんな大胆な描写を思い
つくのだから、硬い岩の上にいる捕縛される前のキリストの姿を下から見上
げるようにとらえるのもすっと頭に浮かんだにちがいない。
印象派ではドガ(1834~1917)の作品は視点をいろいろ変えて描か
れている。オルセーへはじめて行ったころはまだドガに開眼してなくて、
関心の的はモネやルノワールだった。ところが、鑑賞体験を重ねてくるにつ
れてドガは人物をいろんな角度からとらえていることに気づいた。そして、
その視点の決め方が描きたいテーマにぴったり合っている。これがスゴイ!
‘フェルナンド・サーカスのララ嬢’は下からの視線がまさに観客目線。小さい
頃緊張しながらみた空中ブランコの芸が思い出される。これに対し、‘エトワ
ール’は舞台の踊り子を上からライトを当てる照明係の感覚。バレエをこんな
風にみることはないので、とても新鮮に映る。
パリの街並みの賑やかな光景がひと目で伝わってくるのがモネ(1840~
1926)の‘カピュシーヌ大通り’。モネはこの冬景色の様子を写真をもとに
して高い視点からとらえている。人物の顔まではっきりしないのに、こうい
う俯瞰の視点から描かれると通りを行き来する人々がしっかり目の中に入り
息づかいまで感じられるのだから不思議である。モネにはもう一点同じ視点
でとらえた‘モントルグイユ街、1878年パリ万博の祝祭’という傑作がある。
お気に入りの未来派の旗手ボッチョーニ(1882~1916)の‘アーケー
ドでの喧嘩’は高い視点の効果がよくでている。そして、建物の前の通りを斜
めにとる構図によって、大立ち回りする男たちの激しい動きとそれをみつめる
野次馬たちの叫び声が緊迫感のある描写になっている。