美術館で運よく遭遇した特定の画家の回顧展が後々まで大きな影響を及ぼす
ことがある。名古屋で仕事をしていたとき体験したパウル・クレー
(1879~1940)の回顧展(1993年 愛知県美)はそのひとつ。
目玉の作品として登場したのがクレーの代表作である‘パルナッソスへ’。
絵が描かれたのはクレーが53歳のとき。普段はスイスのベルン美に展示し
てあるこの絵が縁のあった名古屋にお目にかかれたのだから、エポック的な
鑑賞体験になった。様々な色面がモザイク状に並べられ平板に描かれている
のはギリシャ神話の芸術の女神ミューズと太陽神アポロンが住むパルナッソ
ス山。この絵からクレーとのつきあいがはじまった。
クレーの画風は七変化的なところがある。スーラの点描法と親戚のようなモ
ザイク画があるかと思えば、‘花ひらいた木に関する抽象’は純粋抽象世界が
表現されている。小さな四角の色面が微妙に動きフォルムを変形させている
感じが本当にスゴイ。これとよく似た作品が東近美にもある。NHKの番組
でMCをつとめる魚のことなら何でも知っている‘さかなクン’が好きそうな
絵が‘魚のまわりで’。これをはじめてみたとき、青い大きな皿に盛られた魚が
シーラカンスのようにみえた。不思議なのはそのまわりに描き込まれたもの、
十字架、赤の矢印、花瓶、糸巻き、、一見すると子どものお絵かき。魚をは
じめ半分くらいは描けそう。
NYのMoMAにはご機嫌な絵はまだある。‘猫と鳥’は傑作ではなかろうか。獲物
(ここでは鳥)を狙う猫の真剣なまなざしがよくでている。思わずニヤッと
するのはハート形の猫の鼻。単純なフォルムと細い針金のような線、そして
薄緑、赤、褐色という少ない数の色で猫の緊張した表情が描けるのだから恐れ
入る。額のところに描かれている鳥をみるとシャガールの絵を思い出す。
‘役者のマスク’は見た瞬間ドキッとした。地層の重なりを連想させる横にのび
る細い線を使って口や目、眉毛が描けるのか!首のところは山のイメージ。
役者が仮面を被っている姿はアフリカの彫刻を彷彿とさせるし、フンデルトヴ
ァッサーの猫の絵‘バルカンの彼方のイリーナの国’も浮かんでくる。フンデル
トヴァッサーはひょっとするとこのクレーの絵にヒントを得たのかもしれない。