‘オデユッセウスとポリュフェモス’(1896年 ボストン美)
‘眠るディアナと二匹のパン’(1877年 デュッセルドルフ美)
‘パンと輪舞する子どもたち’(1895年 フォルクヴァング美)
‘カロン’(1876年 ゲオルク・シェーファー・コレクション)
モローと同様にベックリンも古代神話を主題にしてどこか奇妙で幻想的な風
景画を描いた。‘オデュッセウスとポリュフェモス’はオデュッセウスの冒険譚
のなかで一番はらはらドキドキさせる場面。海にせり出す岩盤に立ち大きな
岩の塊を大波に揺られる船に投げつけようとしている巨人はオデュッセウス
に目をつぶされて怒り狂う一つ目のポリュフェモス。巨人に食べられるのを
まぬがれ島を脱出したのだから、オデユッセウスたちは必死に船を漕いでいる。
愛読書のギリシャ神話がこうして絵画化されるとイメージが立体的になる。
‘波間の遊び’は女性たちにとっては怖さで体がちじこまる状況になっている。
手前の女はニヤニヤするパンになにかされるのではないかと表情が極度にこ
わばっている。海面は波によって上下に大きくゆれており、背後では太鼓腹の
ケンタウロスは緊張気味に突進してきた。横にいる女のリアクションがおもし
ろい。‘嫌だワー、こんな半人半馬に遊ばれるなんて、どうしよう’。
描かれることが多いパンは上半身が人間、下半身が山羊のハイブリッド牧畜
神。英語の‘パニック’はここからきている。毛深く角をはやし赤い顔をして
いるが、顔が赤いのは好色さの象徴。‘眠るディアナとひそかに窺う二匹のパン
’は美形のディアナ危うし!という感じ。うしろの木々や前の岩がじつにリア
ルに描かれているので余計にパンの野獣性が際立つ。これに対し、‘パンと
輪舞する子どもたち’は陽気な性格というパンの別のキャラクターが出ている。
‘カロン’は生と死をつなぐ役目を担った地獄の番人、今冥府に着いたところ。
こちらを振り向く姿は冷徹そのもの。舟に乗っているのは死者の霊で両手で顔
をふさいだり、沈んだ表情をみせている。パティニールの‘地獄めぐり’でもカロ
ンが登場するが、こちらのほうが重たい気分になる。