アメリカの美術館をまわっていると予想以上にドイツ人画家の作品をみる機
会が多い。キルヒナー、ノルデとともにドイツ表現主義のど真ん中にいる
画家として名が知れているベックマン(1884~1950)もMoMAや
グッゲンハイムなどにいいのが揃っている。ナチスから退廃芸術家の烙印を
押されたベックマンは1937年ドイツを離れてアムステルダムに脱出した。
オランダには1947年まで滞在し、そして1949年にはNYに移り住み
コロンビア大学や美術学校で教えていた。そんな縁でアメリカでベックマン
がみられるのかもしれない。
‘船出’は10点の三幅対作品の第1作目。古い時代の宗教画でよくみられる
三連祭壇画の形式をつかって時代を超えてあてはまるテーマを描いている。
左右は‘拷問’で中央は‘自由’を表す。国王と女王は拷問から解放され、女王が
抱いている子どもは自由を意味している。この絵の3,4年後に描かれた
‘誘惑’は2作目で亡命する前にベルリンで完成している。中央のパネルは
‘パリスの審判’を見立てているが、手前にいるパリスは手かせ足かせをはめ
られていて美女とむすばれることはできない。古典をこんな痛烈なパロディ
に仕立てるのだからベックマンは只者ではない。
ベックマンに惹きこまれるのは画面のなかに黒の線、色面や強い色調で表現
された人物がびっしり描き込まれているから。こういう圧の強い群像描写はほ
かにない。‘パリの社交界’は黒が目立つホールは華やかなパリのイメージから
すると硬すぎるが、一人々の表情をみると左には目を細めて笑っている男女が
いるし、真ん中後ろに視線を移すとタキシード姿の男が口を大きく開けなにか
を叫んでいるからそこそこの活気はある。
‘役者たち’ははじめてボストンを訪問したときハーバード大学のフォッグ美で
お目にかかった。ここには役者が一体何人いるのだろうか。立っている者、座
って鏡を見ている女。短剣を胸に突き刺す王が立っている舞台の下では男たち
が激しく争っている。おもしろいことに大勢いるのにビジーな感じがしない。
だから、画面をじっくりみようという気になる。
‘死’は怪しげな儀式が執り行われている。上半分は大胆でユニークな表現。黒服
に身をつつんだ人間やラッパを吹くを小さな怪物や蛇が逆さまで描かれている。