肖像画への関心は大半が女性にむかっているため、どうしても男性を取り上
げる回数が少なくなる。その分、印象深い男性肖像画は長く記憶にとどまっ
ている。ベックマンの自画像をボストンのハーバード大フォッグ美でみたの
は28年前の1993年。黒のタキシードを着て精悍な顔つきで正面を見つ
めるベックマン、芸術家というよりやり手のビジネスマンのイメージだった。
1920年に描かれた‘カーニバル’は三連画に登場する人物の描き方とだい
ぶ違う。モチーフを形づくる黒の輪郭線があまり目立たず、女性の顔の描写
は写実的で戯画チックなところがないため、すっと絵のなかに入れる。ドイ
ツの街を旅行したときレストランではこんな感じの女性が注文を取りにきた
のを思い出した。
フォッグ美蔵の‘役者たち’で王がかぶっていた冠とすぐ結びつくのが‘女優た
ち’。楽屋にいる2人はなぜか対照的な姿をみせる。左の女は頭に白い布を
かぶり顔をみせない。これに対し右で王冠をいただいて剣を抱える女はゆっ
たり構えて本を読んでいる。小顔と大きな下半身のコントラストは違和感が
残り、戯画的な人体描写が目に焼きつく。
大胆にざざっと引かれた黒の輪郭線が強く印象づけられるのは‘蛇使いの女’
も‘女と赤い鳥’も同じ。蛇の頭をもつ女は体の厚みがないくらいぺたっと
描かれている。インドでコブラをみたが、男が笛を吹いて籠から出してい
た。女の蛇使いがいるのは知らなかった。赤い鳥をみている女はオダリス
ク(ハーレムの女)。ベックマンはパリを訪問した際、マティスの描いた
オダリスクの絵をみたはずだから、ベットのシーツの装飾的な模様はマテ
ィスの影響かもしれない。