広重は風景画に人物をいれるときはいろいろなヴァリエーションをつくり、
風俗画っぽくみせたり戯画的な描写にすることもあれば、風景のもつ抒情性
をいっそう印象づけるように絡ませたりもする。出世作の東海道五十三次シ
リーズでもっとも心に響くのは‘庄野 白雨’、突然の激しい雨に見舞われて
旅人たちは対角線にのびる山道を急ぎ足でめざす方向に進んでいる。墨の
濃淡を使いシルエットで描かれた竹藪が風にゆれている様子がじつにいい。
旅人の顔をみせない庄野に対し、風の勢いが半端じゃないほど強いのが
‘四日市 三重川’。右の橋を渡ろうとしている男は風にとばされないように
合羽を胸元で押さえている。この三角形になった合羽からも強風であること
はすぐわかる。手前の旅人は頭からとんでいった笠を必死に追いかけている
。‘おっとと、俺の笠がァー、待ってくれ’。戯画チックな人物描写が見事!
木曾海道シリーズに絶品の風景画がある。それは塩尻の次の場面の‘洗馬’。
これに一番惹かれているかもしれない。葦のゆれる川を柴舟と筏が静かに進
んでいる。舟頭のすぐ上には満月が斜めに倒れる柳にかかっている。広重は
月の表現が天才的に上手い。満月と舟をいっしょに感じさせるところが琴線
にふれる。
女性が主役になった風景画でお気に入りは‘諸国名所 宇治川ほたるがりの図’
と‘江戸高名会亭尽 両国’。宇治川の夕涼のひとコマとして描かれた蛍がり、
母親、子ども、若い娘が団扇や扇子でいっぱい飛び交う蛍を追っている。
そして、シルエットで表された川のなかほどに浮かぶ舟でも蛍がりに夢中。
宇治川は今でも蛍がこんなにたくさんいるのだろうか。江戸で評判の料理屋
を画題にした‘江戸高名会亭尽’は9点あるが、両国は有名な青柳が登場する。