アート作品の独創性というのはたいそうなことである日突然作家の頭の中に
生まれてくると思われがち。でも、それは話としてはおもしろいが実際は
駅伝のレースでたすきをリレーするように先人の表現やアイデアが大きな刺
激となって進化が進み変容されることで誕生する。北斎の傑作‘神奈川沖浪裏
’を意識したことは明白なのが‘六十余州名所図会’の一枚として描かれた‘阿波
鳴門の風波’。蟹の爪のような波濤を北斎からいただき、これに主役の渦潮
を呼応させている。波がしらは‘本朝名所 相州江ノ嶋岩屋之図’では旅人を
飲みこもうとするほどダイナミックに表現されている。
‘薩摩 坊ノ浦双剣石’は鳴門の渦潮同様、‘六十余州名所図会’シリーズのなか
で魅了され続けている一枚。これまで日本全国あちこち旅行し、鹿児島にも
出かけたがこの双剣石はお目にかかってない。この奇岩があるのは鹿児島県
の西南端に位置する坊津。大きい方は高さが27mで小さいのは21m。
広島にいたときはまだ出かける元気があったが、横浜からだとあまりに遠い。
広重のいい絵をみてよしとするほかない。
‘甲陽猿橋之図’は大判錦絵を縦に2枚継ぎ合わせて一枚の掛幅にしたもの。
こうしたのは勝景で有名な甲斐の猿橋の高さをみせるため。橋の下に月があ
り、これにより橋が中空に浮かんでいるようにみえる。岩の黒ずんだ茶褐色
をグレデ―ションをきかせて描写するところも惹かれる。北斎の橋も傑作揃
いだが、猿橋も負けず劣らず印象深い。
‘箱根湖水図’は東海道五十三次のほかの風景画とはひと味もふた味も異なる。
びっくりするのが山肌のモザイクを連想させる大胆な色彩のとりあわせと
現代的な造形感覚。まるでイベントのポスターを見ているような感覚がする
し、マティスの切り紙絵が重なってくる。