近現代アートの世界では名の知れたアメリカ人画家が数多くいるが、残念な
ことに日本で回顧展に遭遇する機会は極めて少ない。例えば、お気入りの
リキテンスタインの回顧展の実現の可能性は5%くらい。これに比べる
と具象画の世界では横浜美でホイッスラー展(2014年)、カサット展
(2016年)が開催された。ともに嬉しい展覧会だった。
アメリカの画家を知るようになってから、いつか作品をまとまった形で見た
いと願っていたのはサージェントとホッパー(1882~1967)。
サージェントはまだ機が熟さないが、ホッパーについては2008年シカゴ
美を訪れたとき予想外の幸運に恵まれた。なんとここでホッパー展が開かれ
ていた。もちろん、必見リストの上位に‘夜ふかしをする人たち’を載せていた
が、ほかの美術館が所蔵する作品がドドーンと集結していたのである。テン
ションが一気に上がり、興奮状態でみてまわった。
アメリカの美術館で最初に見たホッパーの絵はニューヨーク近代美(MoMA)
にある‘ガソリンスタンド’。古いアメリカ映画をみるとこういうシーンが出て
くるが、ホッパーが表現した光景はとても静か。あのアメリカ人の陽気さは
どこへいったの、という感じ。フランスの点描画家、スーラが描いた絵
‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’は大勢の人たちがいるのに音が聞こえ
てこない。この静謐はどこか心地いい。
同じ静けさでもホッパーには孤独が重なっている。人数が少ないから沈黙が
深くなる。そして、街角の‘ドラッグ・ストア’には人の気配がない。NYの街
を夜歩いたことがあるので、この雰囲気はよくわかる。この2点でホッパー
の画風が少し感じ取れたが、まだ入り口にすぎない。18年後に待望の‘夜ふ
かしをする人たち’に遭遇するが、‘ドラッグ・ストア’以上に都会の影や孤独感
に押しつぶされそうな空気が流れていた。
‘ホテルの窓’は思わず足がとまった作品。窓はホッパーの重要なモチーフ。
ほかにも裸婦が椅子に腰掛けて窓ごしに外を眺めている場面とか朝シャワー
を浴びたあとタオルを手にした立ち姿のシーンもある。静けさの表現はクルマ
や人がいない‘踏切’でもじわーっと感じられる。アメリカでは列車のイメージ
があまりにうすいため、この踏切で一日に列車と出会う回数が想像できない。
3時間に一回くらい?