日本画家にはいろいろなタイプがいるが、普通イメージする日本画家の枠にはおさまらない画家も何人かいる。福田平八郎(1892~1974)もその一人。1932年に描かれた‘漣(さざなみ)’をみてこれが日本画と思う人はまずいないだろう。10人いれば10人が抽象画をイメージする。
絵の横にあるプレートをみると題名はさざなみとある。それで絵をもう一度みてみる。たしかに風がつくるさざなみの情景が次第に浮かんでくる。現代琳派を思わせる‘花菖蒲’を描き、こんな現代アートのような作品も手がける。平八郎の画才には本当に感心させられる。
松岡映丘(1881~1938)の‘右大臣実朝’は歴史人物画の傑作。描かれているのは右大臣に任ぜられた実朝が正月鶴岡八幡宮で行われた拝賀の儀式にむかうため牛車から降りようとする場面、このあと実朝には悲しい運命が待ち受けている。神拝を終えて帰る途中、兄頼家の子、公暁に刺殺される。実朝の悲劇的な運命を暗示するかのような黒を基調にした色調と牛車の車輪を一部した見せない描き方が緊迫感を生み出している。
倉敷の大原美の安井曾太郎1888~1955)コレクションも有名だが、ブリジストン美にも目を見張らせるいい絵がある。‘薔薇’は静物画のなかでは一番のお気に入り、セザンヌやマネの静物画の横に並べても見劣りしないと思わせるほどのすばらしい出来栄え。薔薇のもっている明るさや生命力がストレートに伝わってくる。
須田国太郎(1891~1961)の回顧展を一度体験したことで、作品のラインナップがおおよそ頭のなかに入った。ぐっとくるのはいくつもあるが、強く印象に残っているのが‘法隆寺塔婆’、法隆寺をとりかこむように立つ太い棒のような木々、木の垂直線と法隆寺の各層の屋根の線がつくりだす幾何学的な画面構成が対象の存在感を際立たせている。