蝶々と蛾を比べて蛾が好きだという人はたぶん少数派。その蛾をとびきり魅惑的にみせる絵画がある。それは速水御舟(1894~1935)が描いた‘炎舞’。描かれているのは焚火に集まってくる蛾、この絵の主役は一見すると炎のなかをぐるぐるまわる蛾の群れだが、下から生き物のように舞い上がる炎も強烈な印象を与えている。
動の炎に対して、静の蛾、そして炎が装飾性的に表現される一方で、蛾のほうはよくみると写実性豊かに描かれている。蛾の羽が放つ黄色、薄緑、白などの強い色彩力は本物の蛾が飛んでいるよう。この絵を見ているときだけは蛾のもっている嫌なイメージはすっかり消える。
昨年、板谷波山(1872~1963)の没後50年の回顧展が泉屋博古館分館で開催され名品がずらっと並んだ。初見のなかで思わず足がとまったのが個人が所蔵する‘葆光彩磁草花文花瓶’。目を引くのが花瓶のえもいわれぬほど美しい丸み、そして淡い気品のある色彩、こんな花瓶を毎日眺めていたらどんなに心が安まることか。
沖縄の壺屋から多くを学んだ濱田庄司(1894~1978)、その意匠にも沖縄の風景が取り入れられている。壺屋の仕事場のまわりに広がる砂糖黍畑を濱田は写生し糖黍文を元気よく白掛の花瓶に描いた。これを倉敷の大原美ではじめてみたとき、その生き生きとした砂糖黍にすごく魅了された。
以前東近美の別館、工芸館にも足しげく通っていた。ここには近代の陶芸家の名品が数多くあり、毎度楽しみだった。バーナード・リーチ(1887~1979)のインパクトのある‘蛸図大皿’も目を楽しませてくれた作品のひとつ。この蛸、大きな目がなんともユーモラス。足は蛇のようだから‘蛇蛸’という珍種かもしれない。