‘赤いスカーフの自画像’(1917年 シュツゥットガルト国立美)
‘ベックマン夫妻の二重肖像画’(1941年 アムステルダム市美)
ドイツの画家の作品は印象派などと比べると鑑賞の機会が少ないため、親密
さの点ではそう強くはない。でも、骨太で突き刺さってくるような画風によ
って長く記憶にとどまっている絵が数は少ないがある。たとえば、ドイツ
表現主義のベックマン(1884~1950)は周期的に開催されるドイツ
美術館の名画展にでかける回数を重ねるごとに少しずつ目が慣れてきて、
美術本に載っている未見の作品をいつかこの目でという気持ちになってくる。
画集に載った作品を一番多くみているのが‘赤いスカーフの自画像’。第一次世
界大戦に衛生兵として従軍したベックマンは凄惨な戦場を目の当たりにして、
精神障害をきたし除隊する。その影響で画風が一変し、この自画像ではぴり
ぴりした人物表現になっている。目は大きく見開かれ、思いつめたような眼
差しはゴッホの‘坊主としての自画像’を彷彿とさせる。本物の前に立ってみた
い。これに対し、晩年の妻と一緒に描いた肖像画はぐんと安心して見られる。
この頃のベックマンは有能な経営者のようにもみえる。
ベックマンの描く宗教画‘十字架降下’はキリストだけでなくまわりにいる人物
たちも手足は細く胴体が縦長に伸ばされているので悲哀の深さは古典画でみ
る姿と変わらない。MoMAが所蔵しているのに一度も縁がない。倉庫から出
して展示されることがあるのだろうか。ここでは10点ある三幅対作品の第
1作目‘船出’にお目にかかったが、こちらが有名で人気がありなかなかお呼び
がかからないのかしれない。
ミュンヘン州近美にある‘誘惑’は三幅対の第2作。亡命する以前にベルリンで
完成した。古典的な図像を意識して描かれているので絵に吸い込まれる。
‘死’はタイトル通り、画面の上半分は人物や怪物が逆さまに描かれており、ど
こか神秘的で不気味。秘密の儀式のよう。