‘大きな青い馬’(1911年 ミネアポリス ウオーカー・アート・センター)
絵画鑑賞を続けているとそれまで知らなかった画家の作品が雷が落ちてくる
ような感じで目の前に現れることがある。そういうエポック的な体験はよく
覚えている。たとえば、1991年池袋のセゾン美(現在は無し)で開催さ
れた‘グッゲンハイム美術館名品展’に衝撃的な絵が飾られていた。それは
ミュンヘン出身のフランツ・マルク(1880~1916)が描いた‘黄色い
牝牛’。この絵によってマルクとのつきあいがはじまった。
マルクは牛だけでなくいろいろな動物や鳥を強い色調で描いている。数が多
いのが馬と鹿で、ほかにはカモシカ、ロバ、羊、猫、犬、虎も登場する。
その表現がとても刺激的なのは色彩の使い方が自在であること。マルクは青
が好きなので、青い馬になり牛だって鹿だって青一色になる。この色彩の力
と生命力と動きを表現する曲線の繰り返しによって動物たちは神秘的でかつ
力強い存在となって自然と調和する。だから、大人しい動物画をみるのと違
って、かなり緊張する。
ミュンヘンのレンバッハをなんとしても訪問したいのは日本で公開されなか
った作品がいっぱいあるから。‘青い馬Ⅰ’は図録をみているだけで馬の精神性
を感じてしまう。本物の前では体がフリーズしそう。アメリカのミネアポリ
スにある‘大きな青い馬’も鑑賞欲を刺激する。‘修道院の庭の鹿’は集中してみ
ないと鹿は見つからない。中央で体を大きく曲げた鹿の描き方はシュルレア
リストの代名詞ともなっている‘ダブルイメージ‘のソフト版。そして、まわり
の垂直に伸びる線や半円の重なりなどでつくられる空間表示はキュビスム風
になっている。
‘鳥’は水晶の結晶あるいはガラスの破片の中からでてきた鳥のイメージ。鳥は
どこかシャガールの絵にでてくる鳥を彷彿とさせる。一体何が起こっている
のかと思わせるのが‘戦うフォルム’。ここには馬や鹿はみえず赤と黒の渦巻が激
しい戦いをしているという感じ。抽象画といってしまって終わりの絵ではなく、
悪魔と悪魔の闘いを想像させる。