奈良で毎年秋に開催されている‘正倉院展’をニュースやNHKの日曜美術館な
どでみると、いつも関西の人は正倉院のお宝に頻繁にお目にかかれて幸せ
だなと思う。毎年ビッグなお宝が並ぶわけではないだろうが、こういうイ
ベント的な展覧会は回数を重ねると中国やユーラシア大陸、そして日本の
奈良時代に高い技術を駆使してつくられた文物の情報が多く蓄積され、
国際色豊かな美の世界にふれることができる。本当に羨ましい。
この展覧会に縁があったのは2001年のときだけ。秋に段取りして京都
・奈良旅行をしようとアバウトには計画するのになかなか実現しない。その
ため、2019年東博で開催された天皇陛下の御即位を記念した特別展‘正倉
院の世界’は腹の底から嬉しさがこみあげてきた。とくに魅了されたのが螺鈿
の美しい輝きに目が釘付けになる‘螺鈿紫檀五絃琵琶’と‘平螺鈿背八角鏡’。
五絃琵琶は表面の捍撥(かんばち、腹部の撥を受ける部分)に螺鈿細工で描
かれた駱駝に乗って琵琶を奏でる楽人の姿に惹きつけられる。その躍動感が
螺鈿の裏側からあたっているようにみえる光により浮き彫りになっている。
これまで中国の螺鈿を見る機会がなかったので、胴部背面の花鳥文ともども
息を呑んでみていた。そして、背面に螺鈿が施されている八角鏡もさざえ、
玳瑁(たいまい)、琥珀、トルコ石、ラピスラズリなど唐の広範な交易を背
景に世界各地から集められたものが使われており、目がくらくらするほど
圧巻の輝きを放っている。中国の螺鈿で‘最高の瞬間’!だった。
東南アジアから入ってきた‘黄熟香’、別称‘蘭奢待’(らんじゃたい)は天下の
名香木であることは知っていたが、本物とはまったく縁がなかった。後世、
織田信長、足利義政、明治天皇によって一部が削り取られた箇所を興奮気味
に凝視した。実際の香りを確かめたかった。‘白瑠璃碗’は透明感がすごくいい。
丸いカットのデザインはササン朝ペルシアからの交易品とみられている。
‘漆胡瓶’は木製の漆器、この形もササン朝ペルシアの金属器が起源。表面に雲、
山岳、草花、鳥獣などの文様がびっちり描かれているのも惹かれる。