東博の平常展に長いこと通っていた頃、国宝に指定されている‘夕顔棚納涼図
屏風’によく出くわした。見る回数を重ねるにつれ瓢箪のなる棚の下で夕涼み
をする質素な農家の家族3人に愛着を覚えるようになった。何気ない農民の
暮らしのひとこまがをこれほどさらっと描かれると見るほうもリラックスで
きる。しみじみいい絵だなと思うし、これを描いた久隅守景(生没年不詳)
の表現力にほとほと感心させられる。
17世紀頃活躍した久隅守景は狩野探幽門下の四天王に数えられるが、のち
狩野派から破門されたと伝えられている。守景が得意とした画題が‘四季耕作
図’、東博にあるものは初期に描かれたものでときどき平常展にでてくる。
季節は左から右に向かって進行する。左隻(下)では牛による田起こしなどがみられ、右隻(上)に目をやると男たちが唐竿を使って脱穀に精を出している。絵画は農民の仕事をじつに細やかに見せてくれる。
江戸を離れ加賀にいたころ描かれたのが濃彩が印象深い‘鷹狩図屏風’。駆け回
る鷹匠たちの姿が躍動感いっぱいにとらえられている。このスピード感は
‘加茂競馬図屏風’ではさらに加速する。上賀茂神社の境内で催される競馬は
例年五月五日に行われる。馬場の両側につくらえた柵のまわりは老若男女の
見物客でいっぱい。競い合う騎手と馬の気合は今マックス状態。
‘鍋冠祭図押絵貼屏風’はとても興味深い絵。鍋冠祭は近江国(今の滋賀県)
米原の筑摩神社に伝わる奇祭。女性たちは情けを交わした男性の数だけ鍋を
被って参詣し、その数を偽ると神罰が下るとされた。左は五冠の美女で右は
無冠の醜女(しこめ)。左の女は‘私の鍋みてくれた、五つよ、嘘ついてない
からね’と上機嫌。ぶすっとしている右の女との対比がおもしろい。