ベーコンの‘ある肖像のための8つの習作’(1953年 MoMA)
クラインの‘青の時代の人体測定(ATN82)’(1960年 ポンピドー)
画面から人物や物体が消えて幾何学的な模様や線、色彩だけで埋め尽くされ
ているというイメージが強い現代アートだが、意外にも抽象画の描き方や装
いで人物がでてくることもある。デ・クーニング(1904~1997)の
‘女Ⅰ’とは衝撃的な出会いだった。このシリーズをみたのはMoMA、ワシン
トンのハーシュホーン美、メトロポリタン、フィラデルフィア美、ポンピド
ーセンター、そしてブリジストン美で行われた回顧展に披露されたリョービ
・ファウンデーション。とくにぐっときたのは最初に描かれた‘女Ⅰ’。勝気
なそうな性格で大きな目をした女が笑っている?とも怒っている?ともみえ
る表情で描かれている。
イギリスのベーコン(1909~1992)が描く人物はホラー映画の主人
公やフランケンシュタインをイメージさせる。顔の形が大きく歪み幽霊っぽ
いところが怖すぎる。でも、ベラスケスが描いた‘法皇インノケンティウス
10世の肖像’に基づいた‘ある肖像のための8点の習作’シリーズはどういう
わけかあまり不安にならずみてられる。それはローマのドーリア・パンフィ
ーリ美に飾ってあった法皇の表情があまりにリアルだったから。これを思い
出すとベーコンが仕掛けた表情の変奏がしっかりみれるのである。
デ・クーニングが女性、ベーコンが法皇をシリーズ化したのに対し、バゼリ
ックは人物を逆さにして描き続けた。METではじめて‘信仰の人’にお目にかか
ったとき、この大きな画面に一体何が描かれているのかわからなかった。
しばらくして、男が逆さまになっていることに気づいた。なにも逆さまにし
なくてもいいのに、見ずらいじゃない!というのが偽らざる感想。図版をひ
っくりかえしてみると、たしかに首を垂れ祈りを捧げている人になっている。
このあと画面をもとに戻してみると、あら不思議、この人の信仰の尊さが感
じられる。
前澤氏が手放したバスキア(1960~1988)の‘無題’はデ・クーニング
の人物表現のように強烈なインパクトをもっている。空中に浮かぶ髑髏?猿
の顔?がこちらに飛んで来たらどうしようか、ちょっとパニくるかもしれな
い。ヌーヴォー・レアリズムの旗手、クライン(1928~1962)の
‘青の時代の人体測定(ATN82)’は大胆な手法で制作されたもの。インターナ
ショナル・クライン・ブルーを塗った身体をカンヴァスの上に押つけてこの
フォルムを生み出している。顔はカットして裸婦の女性をみる者に想像させ
るのがクラインの目論見。突飛なアイデアを思いつくのが一流の芸術家の証。