これまでお目にかかった作品が多くないブラックだが、とくに心に響くの
が1936年から1939年にかけて描かれた女性の絵。ポンピドーにある
‘二重奏’に魅了されている。アラベスク模様の壁紙に囲まれた室内で二人の
女性がピアノを挟んで向かい合っている。ともに影絵のようにプロフィル
で厚みのない姿で描かれている。右の女性は茶褐色の暗い所でピアノを弾
いているのに対し、これと対面している女性の左半分は壁紙の色は明るい
黄色に変わり、かん高い旋律を歌う彼女を浮き上がらせている。視線が向
かうのはピカソがマリー・テレーズの肖像を描いたような横向きと正面向
きが合体された顔。
同じような顔の描写がみられるのがメトロポリタンにある。‘二重奏’の1年
前に描かれた‘イーゼルに向かって座る女’。ここでは歌手が女流画家に変身
し同じような黄色の壁を背景にして筆を動かしている。右半分の暗いとこ
ろに置かれたキャンバスにでてくる女性は翌年ピアニストに姿を変える。
MoMAにある‘マンドリンを持つ女’は古代ギリシャのクラテル(深鉢)の
脇腹を飾る黒い人物像を連想させる。画面の大半をしめる緑がこのほっそ
りした女性のシルエットを強く印象づけている。
これまでブラックと縁があったのはパリのポンピドーとアメリカの美術館。
キュビスム流の静物画で最初の頃の作品がポンピドーにある‘卓上の静物’。
テーブルの台が画面と平行なくらい傾き、瓶やコップが手前にずり落ちて
きそう。この表現をみてすぐ頭をよぎるのがマティスの室内画。たとえば、
エルミタージュにある‘画家の家族’に描かれた床の絨毯や二人の息子が遊ん
でいるチエス盤もこちらに向かってくるようにみえる。
メトロポリタンとワシントンのフィリップスコレクションが所蔵する同じ
タイトルの‘円いテーブル’ではテーブルの下の足のところはがっちりと安定
感があるのに、モチーフがたくさん載せられている円いテーブルの台はぺ
たっと画面に貼られた感じだから、‘卓上の静物’同様、果物、ギター、パイ
プ、ナイフ、新聞などが台を揺さぶらなくてもどどっと落ちてきそう。
ブラックは1921年から1930年までに同じ主題を15点以上描いて
いる。