‘虐げられたユダヤの少年’(1874年 ロシア美)
日本の美術ファンにもっとも愛されているロシア絵画は‘忘れえぬ女’。描いた
のはロシア民族主義を旗印にして農民や働く人々を写実的に描きロシア・
リアリズム絵画隆盛の原動力となったイワン・クロムスコイ(1837~
1887)。レーピンの師匠であり、民衆の中に絵を持ち込んで啓蒙する移動
展覧会を開催した移動派グループを牽引した。でも残念なことに49歳の若さで
世を去った。
2009年、Bunkamuraで行われた国立トレチャコフ美のコレクショ
ン展に目玉の作品として披露されたのが‘忘れえぬ女’。なんと7度目の来日であ
る。ある美術本でこの絵を知って以来、対面を待ち望んでいたが、過去に6回
も展示されたとは。こういう女性がロシア美人の典型なのであろうか。毛皮を
あしらった高級な服を着てすました顔でこちらをみているので近寄りがたいが、
強く惹かれるのはどうしようもない。
この肖像画にくらべれば、娘ソフィアの肖像は静かにみてられる。歳はまだ
16歳。レーピンにしろクラムスコイにしろよくもこんな完璧な肖像画が描け
るなという感じ。背景が暗いため色白の顔と白の衣裳が浮き上がっている。
一方、‘髪をほどいた少女’は深い心理描写に一瞬たじろぐ。何が原因で放心状態
に陥っているのか、その表情をじっとみていると辛くなるのでそっと離れるの
がいいだろう。
‘虐げられたユダヤの少年’でみせるこの子の深刻な目つきには針で刺されるよ
うな痛さががある。ユダヤ人でなくても仲間から意地悪されたり悲しい目にあ
う子どもは何処にでもいるが、ユダヤと名がつくとことさら複雑な思いにから
れる。‘ミーナ・モイセーエフの肖像’に魅了され続けている。人がよさそうで
穏やかな心持の農民の表情がじつにいい。そして、上着の明るい青がこのおじ
さんの明るい性格を表しているよう。