‘正方形’(1927年 マーグ画廊)
絵画とのつきあいが長くなると作品をみた瞬間感動がマックスになるほど
エポック的な鑑賞を体験することがある。パリのポンピドーにあるカンディ
ンスキーの‘黄-赤ー青’は脳をとても気持ちよくさせてくれる抽象絵画の傑作。
抽象絵画を美しいと感じた最初の作品かもしれない。これをみたら抽象絵画
は難解で緊張を強いられるものという固定観念がふっとぶ。
レンバッハハウスやトレチャコフにある作品のように変化する円や複雑に絡
み合う線によって画面全体が揺れ動くカオス的なイメージと違って、ドイツ
のワイマールに新しくできた美術学校バウハウスへ移った1922年以降に
制作された作品は抽象画のつくり方がガラッと変わる。余計なものをそぎ
落とし明快な色彩と記号的な円や三角形や四角形などの幾何学模様によっ
て生み出されたトータルのフォルムは目に心地いい。直線や曲線とフォルム
の組み合わせが何を意味しているか分からなくてもわからなくても、目の前
に存在する美しくて心をふわふわさせる抽象芸術は存分に楽しめる。
グッゲンハイムにある‘コンポジションⅧ’もお気に入りの作品。この2点は
双子のように映る。
パリにマーグ画廊が所蔵する‘正方形’はカンディンスキーがバウハウスへ移る
のに尽力してくれたクレーのモザイク作品‘花ひらく木をめぐる抽象’
(1925年)の影響がみられる。チェスボードのモチーフが3つ、四角の
ゆがみや傾きを変えて空間のなかで互いに距離をつくっている。これは一種の
錯視図でじっとみていると白黒のボードが縮小した拡大しているようにみえ
てくる。
ロシア人のカンディンスキーはナチスの台頭により第2の祖国ドイツを追い立
てられたので、年のだいぶ離れた妻ニーナとともに1933年パリへ逃れる。
新天地ですっきり抽象画はさらに進化していく。ぐっときているのは‘主調曲線’
とカンディンスキーが亡くなる2年前に描かれた‘相互和音’。描き方の特徴は細
い帯のようなものが多くでてきて、これに大小の円やトポロジー的に歪んだ
曲面が登場しコラボしている。得体の知れない不思議な生き物が自由にのびの
びと動いている感じ。