‘即興かげぼしづくし 石燈篭 鷹にとまり木’(1830~44年)
風景画の浮世絵師としてイメージが定着している広重にびっくり仰天の絵が
ある。それは‘平清盛怪異を見る図’。清盛が何におびえているかというと過去
に殺戮した者たちの亡霊。その多くの犠牲者の髑髏や骸骨が庭の岩や木の枝
に積もった雪で形づくられている。これはまさにシュルレアリスム絵画で
定番のダブルイメージ。はじめてみたとき跳びあがるほどショックを受けた。
あの広重にこんなシュールな絵があったとは!
国芳の‘忠義重命軽’という意表を突く戯画と同じ発想で描かれたのが‘命図’。
‘命’という漢字が一本の木に‘モノ化’され、二人の女性が手斧(ちょうな)と
鉋(かんな)で切り削っている。江戸時代、大名を戒める言葉として女性と
の遊びが度をこすと命を削ることになりやがては国をも危うくするというの
があった。これはその訓話をおもしろい可笑しく表現したもの。国芳も広重
も互いに刺激しあったにちがいない。
思わず見惚れてしまうのが‘春遊び福大黒 鼠の所作事’。幸福を呼ぶものと
して重宝がられた福助の頭に鼠の夫婦が乗り、吉祥神の大黒さんまで登場す
る。絵画とのつきあいで得した感じがするのが吉祥画との出会い。元旦には
こういう絵を一枚はみることにしている。広重の戯画のセンスもすてたもの
ではないなと思わせるのはまだある。天狗が長い鼻で相撲をとったり、首引
き遊びのひもを鼻にかけて引っ張りあう場面を描いた‘狂戯天狗之日待 俳風
狂句’もつい笑いがこぼれる。
幇間の宴会芸が障子に別の形をシルエット(影)でつくりだす‘即興かげぼし
づくし’はじつに愉快な作品。上は石燈篭で下は木にとまった鷹。手や指、
さらに身近な小道具を使ってものの形をあれやこれやと生み出す。このとこ
ろ喜劇映画‘社長シリーズ’を頻繁にみており、森繁久彌と三木のり平の演じる
宴会芸に笑いこけている。だから、この絵にもすぐ反応する。