小さい頃、夏休みはトンボや蝉とりが大きな楽しみで夕方暗くなるまであ
ちこち動きまわっていた。また、朝早く起きて、スズメバチの恐怖をかい
くぐってクワガタムシ探しに山道を進んだ。だから、喜多川歌麿
(1753~1806)の狂歌絵本‘画本虫撰’が展覧会に出品されると夢中
になってみてしまう。
歌麿が浮世絵と狂歌をあわせた狂歌絵本を描きだしたのは1786年
(天明6)からで1790年(寛政2)までの5年間に14種類世に売り
出した。この新企画の仕掛け人はあの蔦谷重三郎。そのなかでとくにすば
らしいのが三部作‘画本虫撰’、‘潮干のつと’,‘百千鳥狂歌合’。雲母摺り、
空摺り、金箔などをふんだんに使った豪華な摺りには目を奪われる。
こういう大人も楽しめる動植物図鑑ですぐ頭に浮かぶのは伊藤若冲の‘動植
綵絵’、例えば‘池辺群虫図’、‘貝甲図’、‘群魚図’は何時間みてても飽きない。
歌麿は数を少なくした小グループにして版画の高い摺り技術を用いて虫や
鳥、海の生き物たちを細密に描写した。それが冴えわたるのが‘潮干のつと’
のさざえの描写。キラキラ光る雲母を筋状に敷きさざえの貝殻のリアルな
質感をだしている。すぐにでもさざえの壺焼きの準備をしたくなる。
また、‘百千鳥狂歌合’の鷺の羽根の表現にも目が点になる。近づいてみると
白い羽が空摺りの細かい線で浮き彫りになっている。こりゃ、参った!
そして、ペアになっている鵜では水面下の顔や胸を薄い墨で描き、水の流
れを空摺りで表している。これもスゴイ。‘鳩’では歌麿の驚異的な観察力
が伺われる。鳩は何かものを食べているときはこういうきつい目をしてい
る。鳩の習性をよく見ていないとこんな鳩は描けない。