‘アイロンをかける女性'(1887年 ワシントン・ナショナルギャラリー)
画家の好き嫌いにはいろんなことが絡む。絵に対する先入観をあまりもたず
幅広くみることを心掛けているが、それでもはじめから心が向かわない画家
もいる。例えば、ルネサンスのあとに登場したマニエリスムとか幽霊を連想
させる描き方をするイギリスのビッグネーム、フランシス・ベーコン。
また、ある時期まで関心が薄かったが、なにかもめぐりあわせでグッとくる
作品に遭遇して気持ちが大きく傾く画家もいる。ドガ(1834~1917)
は後者。
ドガが最初ひっくりこなかったのはバレリーナの絵に心が動かなかったから。
絵にまだ熱心でないころはドガというとどうしてもステレオタイプ的に踊り
子の画家ととらえてしまう。このイメージが海外の美術館をまわって踊り子
ではない作品に接するようになってからだんだんほぐれてきた。その絵が
パリのカフェの光景やいろいろな店で働く人たちを描いたもの。
ブリューゲルが農村における人々の生活をおおらかに描いたのに対し、ドガ
は近代化を突き進む大都市パリの光と影をすごい観察力できりっと表現して
みせた。オルセーにある‘アイロンをかける女たち'をみたときはあくびをして
いる女に親しみを覚えた。どんなときにあくびがでるかわかっているから
アイロンがけに疲れた様子につい感情移入してしまう。一方、ワシントンに
ある同じアイロンがけの絵は山ほどある仕事をテキパキこなしている感じ。
忙しすぎてあくびもでないだろう。
シカゴ美でお目にかかった‘婦人帽子店'に大変魅了されている。売り物の帽子
をじっくりみている店員のさりげない一瞬のポーズがじつに上手い具合にと
らえられている。女の頭を並べた帽子であえて隠すところが憎い。ドガは
浮世絵にも興味をもっていたから真ん中、左右に帽子をどんともってくる
構図はその影響かもしれない。
‘アプサント'と‘菊のある婦人像'は近代化していくパリの影の部分が垣間見ら
れる作品。カフェでぼーっとしている女もエゾギクの横で晴れない顔してい
る婦人もどこか寂し気で不安を感じている様子。ドガの鋭い観察眼にはほと
ほと感心させられる。