3年前、国立新美でルノワール(1841~1919)のご機嫌な回顧展が
あった。オルセーとオランジュリーにあるルノワールを全部もってくるとい
う豪華なラインナップ、そのなかにはあの有名な‘ムーラン・ド・ラ・ギャ
レット’があり、‘田舎のダンス’も‘都会のダンス’も隣に並んでいるとなると
もうルノワールファンにとっては盆と正月が一緒に来たようなもの。楽し
くてしょうがなかった。
ルノワールが35歳のころ描いた‘ムーラン’と‘ぶらんこ’でとくに印象深い
のは人々が着ている衣服の紫がかった青。光の加減で強い色調となった青紫
をぐっと際立たせているのは地面を白く輝かせている木漏れ日。これほど降
り注ぐ光にリアリテイを感じさせる風俗画はほかにない。そして木漏れ日は
ぶらんこに乗る少女のドレスにも男性のジャケットの背中にも白い点々と
なってとこけんでいく。ルノワールは光の描写によって人々の生活を活気
づけた。これが印象派ルノワールの一番の魅力。
こうした初期の作品から7年後に描かれたのがダンス三部作、‘田舎’と‘都会’
はオルセーが所蔵し、‘ブージヴァル’はボストンがもっている。ご存知のよ
うに最初に描かれた‘ブージヴァル’と‘都会’のモデルはシュザンヌ・ヴァラ
ドン。はじける笑顔をみせている‘田舎’は後にルノワールの妻となるアリー
ヌ・シャリゴ。おもしろい話があって、ルノワールがシュザンヌばかりモデ
ルにするのでアリーヌが怒って、‘どうしてシュザンヌがモデルなの、私を
描かなきゃ承知しないわよ!’とねじをまいたらしい。
最初期の‘ダラス夫人’は黒い斑点入りのヴェールや帽子、衣服にマネの黒の
影響が強く出ている。馬に乗るポーズをしている夫人の上半身だけを描い
たもので、‘ブローニュの森の乗馬道’(1873年、ハンブルク美)のため
の習作。秋のコートールド美展にやってくる‘桟敷席’同様、黒の効果が心に
沁みる作品である。