‘貴婦人と一角獣 嗅覚’(部分 1500年頃 パリ クリュニー中世美)
スネイデルスの‘果物、猿のいる静物’(1630年 リヒテンシュタイン美)
アンリ・ルソーの‘異国風景’(1910年 パサデナ ノートンサイモン美)
‘貴婦人と一角獣’をみていてとても新鮮に感じられるのは五感の表現の仕方。‘嗅覚’では貴婦人がナデシコの香りを楽しみながら花の冠をつくっている。そして、その後ろでは猿がそれを真似てバラの匂いを嗅いでいる。猿というと遠い昔から物真似が得意な動物というイメージができあがっている。
小学生のころ動物園へよく行った。いろいろな動物と出会うが長くみているのは檻のなかを動きまわるもの。カバやワニはほとんど動かないからすぐ飽きてくる。これに対し、猿はとにかくせわしなく動く。鮮やかな色をした鼻で強烈な存在感をみせるマントヒヒ、休むことなく左右を行き来する姿が目に焼きついている
どこの動物園でも大勢の猿がいる山がある。ここには自由に動きまわる元気のいい猿、親猿にくっついてちょこちょこ歩く子猿など猿のいろいろな表情や姿態が目を楽しませてくれる。猿とはこの動物園でのおつきあいが長かったため、家のまわりにいる犬や猫と同じくらい身近な存在になった。
猿が描かれた西洋画は馬の絵のようにはぽんぽんでてこない。古典絵画ですぐ思いつくのはエル・グレコ(1541~1614)の‘寓話’とスネイデルス(1579~1657)の静物画。‘寓話’に描かれた猿はじつにリアルで真ん中の少年や右の男と一緒にいても違和感がないから不思議。こんな猿顔の人を探すのに苦労をすることはない。
この絵になぜ猿が登場するのか?ひとつの解釈は猿を描くことで美術を‘自然の猿真似’として示したというもの。なるほどね、そうくるかという感じ。
猿の強欲がそのまま表現されているのがスネイデルスの作品。猿は後ろにいる猫ににらみをきかせながら、テーブルにあるリンゴやブドウなどの果物を食べ放題。この絵は昨年国立新美であったリヒテンシュタイン美展でお目にかかったが、猿の顔が妙に頭のなかに残っている。
アンリ・ルソー(1844~1910)が沢山描いた熱帯の楽園で猿は森の風景に欠かせない生き物。ここでは猿は物真似や食べ物をがつがつ食べるイメージから解放されて、親しみを覚えるゆるキャラみたいな存在になっている。子ともがテナガザルのシールをペタペタ貼ったような描き方だから、余計にそんな雰囲気になる。まさに‘モンキーパラダイスへようこそ!’と歓迎されているよう。