マッテオ・モッテルリーニ著‘経済は感情で動く’(2006年)より
拙ブログの画面の左側には‘お気に入り本’を載せている。多くは美術関連の本なのだが、ほかの分野のものもある。行動経済学もそのひとつ、以前紹介したことのあるコロンビア大学ビジネススクールのシーナ・アイエンガー教授が上梓した‘選択の科学’(12/2/13)と‘予想どおりに不合理’‘不合理だからすべてがうまくいく’(ともにダン・アリエリー)
タイトルに使った‘ピーク・エンドの法則’は同じく行動経済学を扱った‘経済は感情で動く’(08年 紀伊国屋書店)という大変おもしろい本にでてくる話。著者はイタリア人のマッテオ・モッテルリーニ氏。この本には心理学の興味深い実験がいろいろでてくる。‘ピーク・エンドの法則’はその一例。実験は虫歯の治療を受けている人に対して行われたもの。
上の図の黒の部分が治療中に感じた痛みで、時間の経過で示されている。患者Aは8分で終わり、患者Bの場合は24分ガリガリやられている。こういう実験に協力する人は大変、治療のあいだ60秒ごとに‘0’(苦痛なし)から‘10’(極端な苦痛)をいわされる。そして、治療が終わったあと感じた苦痛を全体として評価する(ここでも‘0’から‘10’の段階で)。
興味深いのがこの苦痛の全体的な判断、治療時間は患者の判断には影響しないことがわかった。この判断には治療のあいだに感じた苦痛の強さ(ピーク時)と最後に感じた苦痛の強さ(エンド時)が明らかに関連していた。
この例だと、ピークとエンドの平均は患者Aより患者Bのほうが小さい。AもBもピークの痛さは変わらないが、Aの治療はかなりの苦痛を伴って終わった。で、実験者はBのほうが痛みはひどかったのに、治療はいやだという記憶はそれほど強くないと結論付けた。
定期的に歯の治療を受けガリガリやられているので、この‘ピーク・エンドの法則’は腹にストンと落ちた。たしかに最後が痛かったときはそのショックは尾をひく。これに対し、治療が長くかかってもソフトランディングで終わるとブルーな気はそう重たくない。
この法則を展覧会で受ける感動にあてはめてみた。名画を展示する場所をどこにするかは主催者もいろいろ検討する。大体目玉の作品は導線でいうと真ん中あたりにもってくることが多い。最初の部屋に目玉は配置しない。
‘ピーク・エンドの法則’でいってるように展覧会の鑑賞に要した時間は全体の満足度に影響しない感じがする。目玉作品から受けた感動がとても大きくて、最後の部屋にあった作品がぐっとくれば展示室を出たとき‘ああー、いい展覧会だったね!最高にいい気分’となる。
現状では最後の部屋は‘終わりよければ、すべてよし’的な思いで作品は配置されていない。‘ピーク・エンドの法則’に習って最後の部屋には意識的にいい作品を並べるのもひとつの方法。展覧会の楽しい気持ちがいっそう高められる効果はある。三菱一号館美であった‘クラーク・コレクション展’ではルノワールの傑作が真ん中の大きな部屋だけでなく最後の部屋にもどどっと展示してあった。ひょっとするとこの法則を知っているのかもしれない。