キルヒナーの‘ヴィーゼン近くの橋’(ダヴォス キルヒナー美)
ひとりの画家に親しみを覚えるきっかえはいろいろある。クレー(1879~1940)の場合は、愛知県美であった大回顧展に出品された‘パルナッソス’とNYのMoMAが所蔵する‘魚のまわりで’がエポック的な鑑賞になった。
昨年訪問したMoMAではこの‘魚のまわりで’を20年ぶりにみることができた。ほかにも‘猫と鳥’などがあったがやはりこの絵の前にいる時間が長くなる。これはクレーがデッサウのバウハウスに移った年に描かれたもの。ミロのユーモラスな生き物が登場する漫画チックな絵が好きなのでクレーの描く魚にもぐっと心が寄っていく。
色彩で吸いこまれるのが二匹の魚が盛られた濃紺の大皿、そして黄色の円。こうした色がものすごく印象深く残っているのは背景が黒だから。何度見てもこの絵は心を打つ。
これまでグロス(1893~1959)の作品をみたのは片手くらいしかない。そのため、この画家が生涯に手がけた作品の全体像がつかめないまま。少ない体験だがグロスの政治や社会を痛烈に諷刺する作風は強いインパクトを放っているので、やわからぬ刺激をもらっている。
‘社会の柱石’に描かれた男性がどの人物でも忘れられないのは顔の漫画風ではあるがリアルな描き方のため。鼻の頭や頬に細い血管が浮き出ているのがじつに生々しい。道を歩いているとたまにこいういう赤い血管にドキッとさせられる老人に出会う。
ポンピドーにあるディックス(1891~1939)の‘ジャーナリスト、シルビア・フォン・ハルデンの肖像’、ぱっとみるかぎりこの人物は男性にみえる。ある時期まで女性とは思ってなかった。タイトルを読みじっくりみてみると、確かに物書きとか文化人にはこういう男性のような恰好をした女性がいることに気づく。
第一次大戦中の1917年にベルリンからスイスのダヴォスに移り住んだキルヒナー(1880~1938)はそれまでのとげとげして緊張感に満ちた画風をがらっと変え、装飾的な風景画を手掛けるようになる。Bunkamuraでみた紫色を多用した‘ヴィーゼン近くの橋’はなかなか見ごたえのある一枚だった。