鳥居清長の‘風俗東之錦 汐汲み’(1783~84年頃 メトロポリタン美)
上村松園の‘汐くみ’(1935年頃 大阪中之島美)
上村松園の‘古代汐くみ’(1944年)
英一蝶(1652~1724)の描く風俗画や鈴木春信(1725~1770)
の錦絵に魅了される理由のひとつは人物の動的描写がとても上手いこと。
昨年、一蝶の決定版の回顧展をサントリー美に遭遇し、あらためてその思い
を強くした。たとえば、‘松風村雨図’では須磨に流された在原行平に愛され
た海女の姉妹、松風(まつかぜ)、村雨(むらさめ)は左右対称にまるで踊
っているように描かれている。
在原行平(ありわらのゆきひら)は818~893年を生きた政治家・歌人
で、歌物語‘伊勢物語’の主人公とされ絶世のプレーボーイとして名を残す在原
業平(なりひら)の異母兄にあたる。行平はある罪により謹慎処分となり、
須磨(兵庫県神戸市)へ島流しとなった。平安時代中期に紫式部によって描
かれた‘源氏物語’の‘須磨’の巻は在原行平のエピソードから着想を得ている。
須磨の地で愛した女性が松風と村雨。行平が赦免されて帰京するとき形見に残したのが、一蝶の絵の中央に描かれた松の枝にかかる烏帽子(えぼし)と狩衣(かりぎぬ)。この題材を鳥居清長(1752~1815)も取り上げて、江戸の生活風俗を描くシリーズの一枚‘風俗東之錦 汐汲み’とした。どこか芝居の一場面のような構成で上部に描かれた松が悲恋物語を想像させる。
上村松園(1875~1949)は謡曲‘松風’をもととした舞踊‘汐くみ’の場面を繰り返し描いている。この2点は2010年の大回顧展に出品されたが、もう一点箱根の岡田美で‘古代汐くみ’と同じタイプのものにお目にかかり、息を呑んでみたことがある。いずれも色彩の美しさ、品格のある人物表現に惹き込まれるすばらしい美人画である。