絵画のジャンルのなかで鑑賞する機会の多いものは好みがあうと、どんどん
絵にのめり込んでいく。たとえば、モネやゴッホは国内の美術館でよく特別
展が開かれるし、海外の美術館でも名画の数々と出会えるから、絵画鑑賞の
大きな楽しみになっていく。これに対し、日本人の描く油絵については、
美術の教科書でインプットされた高橋由一(1828~1890)の有名な
‘鮭’は知ってはいても、本物を体験できる回数はごく少ない。実際にお目に
かかったのはまだ1回しかない。
洋画の世界はこういう状況なので、関心の高い画家だと大きな回顧展に遭遇
するとメモリアルな鑑賞体験になる。2012年に開催された‘高橋由一展’
(東芸大美)でも2016年の黒田清輝(1866~1924)の回顧展
(東博)でも記憶に強く残っており、手に入れた図録はお宝図録のひとつで
ある。
高橋由一の作品で一番惹かれるのはその真を写す描写が尋常ではない静物画。その極めつきが‘鮭’だが、銀色の鱗や皺の寄った皮を目の当たりにすると息を呑んでみてしまう。東芸大美で残念だったのは東京では展示されなかった‘豆腐’、まな板におかれた豆腐、焼き豆腐、油揚げはまるで本物をみているよう。風景画はモチーフの質感描写や巧みな構図により写真とは違う油絵の魅力にあふれた作品が多い。当面の追っかけは‘雪景’と‘松島五大堂図’。
今月東博にでかけたとき、黒田清輝の栗の入った籠を肩に掲げる少女を描いた‘栗拾い’が本館1階のいつもの部屋に飾ってあった。女性の絵は静かな雰囲気につつまれており、ちょっと離れて眺めているとモデルの内面がよく感じとれる。これは回顧展でみたが、平常展示で対面したのははじめて。同じく東博にあるルノワールの絵を連想させる‘菊花図’は長いこと縁がない。そして、風景画では印象派的な筆さばきが目にとまる‘逗子五景’がとても気になっている。