広島で仕事をしているとき、休日は中国地方にある美術館をよく訪れた。
岡山県で楽しい思い出があるのは倉敷の大原美、日本画家の小野竹喬の作
品を展示している笠岡市立竹喬美、そして、近代木彫界に輝かしい足跡を
残した平櫛田中(1872~1979)に出会える井原市立田中美。井原
市は田中の故郷。竹喬も田中も文化勲章を受章しているビッグネームだが、
この広島時代からつきあいがはじまった。
平櫛田中(ひらくしでんちゅう)は最初、田中が‘でんちゅう’と読めなか
った。107歳まで生きた伝説の彫刻家が井原市の出身だったとは。田中
に関連した美術館はもうひとつ小平市平櫛田中美がある。ここに傑作中の
傑作がある。有名な‘鏡獅子’。これは国立劇場にある鏡獅子が1958年
に完成したのちに、縮小して制作されたもの。歌舞伎で演じられる人気演
目が彩色された木彫作品となって目の前にある。圧倒的な存在感に目を奪
われる。
東芸大美でお目にかかった‘転生(吐き出されたる人)’には度肝を抜かれた。
筋肉たくましい、恐ろしい形相をした鬼が口からさかさまに子どもを吐き
出している。すさまじい筋骨美は鎌倉時代の彫刻をみるよう。鬼は子ども
を食ったが、なまぬるいので吐き出した。田中は小さい頃よく父親から‘な
まぬるい(中途半端な)子は鬼も食わない’と叱られたらしい。その話を
彫刻で表現した。
‘幼児狗張子’はお気に入りの作品。目がくりっとした可愛い男の幼児が愛嬌
をふりまいている。毎日でもみたくなる。広島県美にみた‘落葉’はひょうひ
ょうとした僧の姿がじつにいい。ももんがが体を広げたような形が目に焼
きついている。‘張果像’は中国唐代、民間に伝えられる八仙人の一人。
‘ひょうたんから駒’の話でここでは白い驢馬を出している。