‘婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘’(1792~93年 メトロポリタン美)
浮世絵師のなかで回顧展を一番多くみたのは葛飾北斎と歌川国芳。浮世絵の
大きな展覧会は見逃さず足を運んでいるので名の知れたビッグネームはだい
たい運よく遭遇した。でも、まだ出会わない絵師がいる。美人画で絶大な
人気を誇る喜多川歌麿(1753~1806)。東博で2011年、大規模
な写楽の回顧展が行われた。それを見終わったあと、‘次は歌麿をやって!
東博さん’と心の中で大きく叫んだ。だが、残念ながら実現してない。決し
て諦めてはおらず、ミューズへの祈りを続けている。
歌麿は美人画に上半身をクローズアップして描いた大首絵という革新的な
表現を持ち込み大人気を博した。画面いっぱいに女性がどんと描かれると距
離感が狭まるから、目の前に女性がいるような錯覚を覚えるし、彼女たちの
内面までふれるような気分になる。はじめに覚える歌麿は寛政の時代、江戸
市中で評判の美しい女性三人を安定した三角形の構図で描いた‘当時三美人’、
中央が豊雛(とよひな)その下の右が難波屋おきたで左が高島おひさ。
この3人をみて誰しも皆同じ顔をしていると思うにちがいない。専門家から
すると目や鼻、口の描き方は微妙に違うんだということになるが、そこまで
こまかく注意がいかないので同じ女性というイメージが植えつけられてしま
う。本当のところ誰が一番綺麗だったのか?ホノルル美にある‘難波屋おきた’
をみるとこちらに心が傾いていく。
‘婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘’は小さい頃、切手の絵柄になったので親し
みが湧く。そして、東博でお目にかかれる‘浮気之相’も目を楽しませてくれる。
においたつ色香に心はザワザワしてくる。これに対して、‘歌撰恋之部 物思
恋’は恋の悩みがじわーっと感じられ、歌麿としては意欲的な作品に仕上がっ
ている。どこか、ドガの‘アプサント’と内面描写が重なってくる。女性の複雑
な心をこれほど巧みに表現する歌麿は浮世絵師にとどまらない大画家のレベル
に達していると思えてならない。