‘わが子を食らうサトゥルヌス’(1821~23年 プラド美)
‘マヌエル・オソーリオ・デ・スーニガ’(1788年 メトロポリタン美)
‘パドヴァの聖アントニウスの奇蹟’(1798年 フロリーダ礼拝堂)
団体ツアー客としてプラドに入館する場合、鑑賞時間はだいだい1時間半
くらい。手にするガイドブックの情報により誰もが絵の前に立つのはベラス
ケス(1599~1660)の‘ラス・メニーナス’とゴヤ(1746~
1828)の‘着衣のマハ’、‘裸のマハ’。まずこれをみたら、何か大きな仕事
をしたような気がしてほっとする。美術の教科書に載っている名画にお目に
かかるというのは人生における特別な体験かもしれない。
そのゴヤの代表作‘着衣のマハ’が2011年西洋美で披露された。40年ぶり
の来日。プラドでもルーヴルでも自慢のお宝絵画をときどき太っ腹で貸し出
してくれる。海外の美術館は時間的にも資金的にもそう何度も行けないから、
美術とのつきあいは長期戦と心得て、じっと日本で待っていれば運よく鑑賞
の機会が巡ってくることもある。次は‘裸のマハ’だが、こちらは難しそう。
ゴヤの画風はバラエティに富んでいる。女性や男性の肖像を写実的に上手
に描くこともあれば、‘黒い絵’シリーズの‘わが子を食らうサトゥルヌス’のよ
うにショックを受ける作品にも遭遇する。黒一色の背景に髪の長い爺さんが
目をむいてわが子を口のなかに飲みこんでいる。ギリシャ神話が視覚化され
ることは多々あるが、この話は文字から想像するだけでよかった気がする。
‘1808年5月3日の銃殺’も緊張感を強いられる絵。ゴヤの戦争画は戦争
の恐怖、残虐さを強く訴えており、体を金縛りにさせる。これから処刑され
る白シャツの男の前に横たわっている死体についた血糊の描写が忘れられ
ない。
メトロポリタン美でみた可愛い男の子の絵をみて、ゴヤの才能の高さに惚れ
直した。こんなに魅了される子どもの絵はそうない。あの怖いサトゥルヌス
を描いたゴヤが一方で目立つ赤の服を着た男の子をこんなに輝かせている。
よくみると不気味な3匹の猫がいるが、そちらには視線がむかない。マドリ
ードの街をゴヤの名画をもとめていろいろまわった。王立サン・フェルナン
ド美術アカデミーではゴドイの肖像画や自画像などがあったが、フレスコの
天井画がみられるサン・アントニオ・デ・ラ・フロリーダ礼拝堂の感動が一
番大きかった。描かれているのはパドヴァの聖アントニウスの奇蹟の場面。
自在な筆使いで聖人たちが人間味あふれる姿で表現されている。