‘ダイヤのエースを持ついかさま師’(1635年 ルーヴル美)
‘楽士たちのいさかい’(1625~30年 ポール・ゲッテイ美)
国内の美術館でも人気画家のワールドクラスの回顧展がよく行われる。これが好
きな画家だともう一生記憶に残る展覧会となる。2005年に西洋美であった
‘ラ・トゥール展’はそのひとつ。この回顧展に遭遇するまでにラ・トゥール
(1593~1652)への思い入れはあることはあったが、なにせお目にかか
った作品が少ないため最接近したという感じはしなかった。
スゴイ画家がいたという印象を強くもったのはルーヴルにある2つの‘夜の情景’の絵をみたから。本物の‘マグダラのマリア’と‘大工の聖ヨセフ’に遭遇したのは1982年のこと。蝋燭の光が絵画に大きな美を与え、みる者の心を揺すぶることを知ったのは絵画鑑賞における‘最高の瞬間’だった。とくに目が点になったのは‘大工の聖ヨセフ’で蝋燭の光が少年時代のキリストの手を明るく透かしているところ。こんなリアルな描写はほかにみたことがない。
ラ・トゥールとのはじめての出会いで‘昼の情景’の絵にぐっと惹きこまれたという実感が残っていないのは、蝋燭の光の絵の磁力が強烈だったからではないかと思う。風俗画の名手、ラ・トゥールに200%KOされる瞬間が来たのは西洋美で再会した‘ダイヤのエースを持ついかさま師’。これは嬉しい展示だった。強い存在感をみせているのは中央の女性、黒い瞳を右に寄せる表情は性格が悪そうに映る。映画やTVドラマをみてるとこういう女性は頻繁にでてくる。この絵と会った2005年には存在してなかった女優だが、あとからこの女性をみてふと性格のキツイ女性を演じる菜々緒を連想した。
国立新美で行われたメトロポリタン美展に登場した‘女占い師’をみて、あらためてこの絵の虜になった。‘ダイヤのエース’でもこの絵でもいかさま師たちに騙される若い男はどうみても男性ではなく、女性にみえる。これがおもしい。‘女占い師’で視線が集中するのがアクの強い顔をした老女。この老女とコラボする絵がある。それは2016年プラドであった回顧展で運よくお目にかかれた‘楽士たちのいさかい’。左端で手をあわせぶるぶる震えている老女は喧嘩している夫の楽士が無事であることを祈っているよう。生々しい描写なのでじっとみてしまう。