‘マリード・メディシスのマルセイユ上陸’(1621~25年 ルーヴル美)
‘シュザンヌ・フールマン’(1622~25年 ナショナルギャラリー)
‘子どもの顔’(1615~16年 リヒテンシュタイン侯爵家コレクション)
‘虹のある風景’(1635~38年 ウォーレスコレクション)
ヨーロッパを旅行していて名の知れた美術館に入ると必ずといっていいくら
いルーベンス(1577~1640)の大きな絵に遭遇する。バロックの王
と称えられたルーベンスは宗教画、歴史画、肖像画、風景画、なんでも見事
に描く。バロックというと荒々しくて激しい人物や動物の描写が画面
に広がり、回転したり大きなうねりの動きがみれるというイメージができあ
がったのは、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークでルーベンスの‘河馬狩り’
とか‘レウキッポスの娘たちの略奪’などを大作をみたことが強く関わってい
る。この頃は美術とのかかわりはまだ普通の観光客と変わらなかったが、こ
の美術館ではルーベンスとデューラー、そしてアレクサンドロス大王の戦い
の絵だけが記憶に残っている。
スイスのジュネーブに住んでいた頃、ミュンヘンだけでなくベルギーのアン
トワープも旅行した。アントワープ大聖堂に行きたかったのは‘フランダース
の犬’の主人公のネロ少年のようにルーベンスの祭壇画に憧れたから。‘キリス
ト降架’は背筋がしゃんとする真の宗教画。この絵をみたらほかの同じテーマ
の絵はもうみれなくなる。筋肉隆々の死せるキリストを対角線にそっておろす
構図がまさにバロックの真骨頂。静寂につつまれた悲しみではなく心が掻き
むしられ激しい慟哭をともなうキリストの降架はみる者の心を大きく揺すぶる。
ルーヴルにある連作‘マリー・ド・メディシスの生涯’(9作)もルーベンスと
深くつながっている。館内では人気のダ・ヴィンチの‘モナ・リザ’とはかなり離
れた場所で展示されているので大きな部屋が人で混み合うことはないのでじっく
り大作を観賞できる。このあたりから、ルーベンスの描く肉づきのいい女性が
どんどん目に入ってくる。この絵は未来のフランス王妃がアンリ4世に嫁ぐ
ためフィレンツェから到着した場面。視線はやはり下の裸体の女性にむかう。
ロンドンのナショナルギャラリーにある‘シュザンヌ・フルーマン’に魅了され
続けている。これをみるまでは女性画というとルノワールやマネで頭のなかは
占領されていたが、ビックリするほど近代的な肖像を感じさせるルーベンス
がどっと割り込んできた感じ。リヒテンシュタイン侯爵家のコレクション‘子
どもの顔’は小さな絵だが、すごく生な表情が心をとらえて離さない。この絵
は2度日本で披露されたので、同じような気持ちになった人もいるかもしれ
ない。
ルーベンスは晩年、とてもいい風景画をいくつも描いている。とくに惹かれて
いるのがブリューゲルの農村画を連想させる‘虹のある風景’。これをロンドン
のウォーレスコレクションでみたときは嬉しくてたまらなかった。遠くに虹が
かかり、仕事を終えた2人の農婦がこちらに向かって歩いている。広い空間が
奥の風景をとらえ、手前では小川が流れ牛やアヒルの群れがいる。ルーベンス
は敬愛するブリューゲルのような農村の光景を描きたかったのだろう。ルーベ
ンスに乾杯!