‘最後の審判 中央パネル’(部分 1506年頃 ウイーン美術アカデミー)
‘聖アントニウスの誘惑 中央パネル’(1502年頃 リスボン国立古美)
マドリードのプラドへ行くとお楽しみの絵が3つある。ベラスケスの‘ラス
・メニーナス’、ゴヤの‘着衣と裸のマハ’、そしてボス(1450~
1516)の‘快楽の園’。どれも画集に載っている有名な絵だから、イン
パクトがありすぎるほどある。でも、ボスの絵は感動というより大きな
ショックを受けるというのは正直なところ。快楽の園(中央パネル)は楽
し気な場面だがよくみると不思議な形をした植物や生き物が登場し、地獄
(右パネル)では怪物や楽器によって人間が究極の責め苦に悲鳴をあげて
いる。日本画にも地獄絵があるが、ボスは別次元のホラー的でシュルレア
リスムの元祖ともいえる画家。だから、特別な絵を今みているという感じ
になる。
では、ネーデルランドのスヘルト―ヘンボスで生涯を送ったボスの絵が
どうして、スペインのプラドにあるのか、それはスペイン王フェリペ2世
(1527~1598)が何かにとりつかれたようにボスの作品の数々を
収集したから。フェリペ2世は21歳のときはじめてスペインを出てドイツ、
イタリア、ネーデルランドへ行き、そのときボスを発見した。そして、
マドリード郊外につくった壮大なエル・エスコリアル修道院でフェリペ
2世は王の部屋を設け、黒い服に身を包んで修道僧のように王国の一切の
政務をとっていた。その息抜きにながめていたのが晩年に収集したボスの
作品(30点)。‘快楽の園’も3世紀半の長きにわたってこの僧院にあった。
怖いもの見たさの気分に襲われるボスの絵で次に息を呑んでみたのはウィ
ーンを旅行したとき。ウィーン美術アカデミー付属美で‘最後の審判’に
お目にかかった。ここにも人間と動物が合体したような小さな怪物が
いっぱいいた。最後の審判のテーマで左のイヴとアダムの楽園追放はま
だ安心してみられるが、中央、右ではここでもあそこでも人間がナイフで
傷つけられたり、矢を胴体に打ち込まれ運ばれたりしている。画面の
下に目をやるとギョッとする怪物がいる、頭にマントを被っているがその下
はいきなり足。‘頭足男’、こんな奇怪な姿をボスはどこから霊感をうけて
生み出したのだろうか。
最後に遭遇した3枚パネル祭壇画は2016年プラドで開催された大ボス展にポルトガルのリスボン国立古美から出品された‘聖アントニウス’。この絵が回顧展にでてくるという情報が入ったときは跳びあがって喜んだ。リスボンは一度訪問したが、2度目となるとほかの街の優先度を考えるとでかけるのはかなり難しい。だから、もう夢中になって隅から隅までじっくりみた。おもしろい魚が下の真ん中にいる。魚が小舟になり漁師が小魚を採っている。上のほうでは白い鳥が舟に変容して空を飛んでいる。あっといわせる奇想天外なフォルムがボスの頭からは尽きることなく湧いてくるのだろう。本当にスゴイ画家である。