‘アイロンをかける女姓’(1876~87年 ワシントンナショナルギャラリー)
‘障害競馬―落馬した騎手’(1866年 ワシントンナショナルギャラリー)
印象派の絵画をヨーロッパの美術館、たとえば、パリのオルセーやロンドン
のコートールドだけでなくアメリカの大きな美術館でもみたことは印象派の
画家たちの作品の特徴や魅力をさらに深めるのにとても役立った。とくに
収穫があったのはドガ(1834~1917)とロートレック(1864~
1901)。ドガの画集には踊り子、競馬、風俗画を画題にした作品がオル
セーのほかにもいろんな美術館にあるものが載っているのに、オルセー蔵
しかあまり縁がないためモネやルノワールに較べてドガに対する好みの熱が
高まらなかった。
これが2008年にアメリカのブランド美術館巡りをスタートさせてから、
だんだん変わってきた。もともと関心を寄せていたドガの絵はパリに生きる
人々を風俗画の味付けで描いた作品、こうした作品が美術館を訪れるたびに
現れたのでどんどん惹き込まれていく。そして、おもしろいことに以前は
さらっとみていた踊り子たちの絵もじっくりみるようになった。アメリカで
ドガに開眼したのである!だから、シカゴ、メトロポリタン、ワシントンの
ナショナルギャラリー、コーコラン、ボストン、フィラデルフィアにある
ドガの傑作は目に焼きついている。数が多いのがメトロポリタンとナショナ
ルギャラリー、ともに8点お目にかかった。
メトロポリタンにある‘菊のある婦人像’に魅了され続けている。視線がむか
うのは真んなかの菊ではなく、右端に描かれた右手で頬杖をつく女性。外の
ほうをみている姿がとても気になる。こういう構図はすごく映画的。どんな
音楽が流れているかはイメージできる。ナショナルギャラーでお目にかかっ
た‘アイロンをかける女性’はオルセー蔵のあくびをして手を休めている女性
とは大ちがいで一人で黙々とアイロンでシャツのしわをのばしている。家の
近くでみるクリーニング屋さんの忙しさと変わらない感じ。
ドガは帽子店が好きで‘婦人帽子店にて’と同じタイトルをつけたものを3点
描いている。そのひとつがMETのもので、あとの2点はシカゴとマド
リードのティッセン・ボルネミッサにある。いずれも日常のさりげない光景
の一瞬をとらえお客、店員ともども女性たちを生き生きと描いている。
踊り子の絵はメトロポリタンには3,4点あるが、たくさん踊り子がいて動
きのある描写が印象深い‘舞台稽古’が目を楽しませてくれる。本舞台でなく
こういう舞台稽古の様子を活写するという発想がドガの鋭いところ。同じこ
とが‘障害競馬ー落馬した騎手’にも言える。激走する馬と騎手なら絵になるの
に、こんな落馬の場面まで描いてしまう。並の画家からはこんな絵は生ま
れてこない。