‘雨、蒸気、スピードーグレート・ウエスタン鉄道’(1844年 ナショナルギャラリー)
‘国会議事堂の炎上、1834年10月16日’(1834~35年 フィラデルフィア美)
イギリスの画家でコンスタブルとともに最も愛されているのがターナー
(1775~1851)。日本では2013年に東京都美で待望のターナー
展があった。どの画家でも一度回顧展を体験すると、画風の特徴や画業の流
れがつかめるので画家との距離が一気に縮まる。ターナーが好きな人にとっ
てロンドンのテート・ブリテンはなにはおいても訪問しなくてならない美術
館。ここにはターナーのための特別の展示室が5つくらいあり、傑作の数々
がずらっと並んでいる。所蔵作品が多いため、定期的にローテーションさ
れターナーファンの目を楽しませてくれる。ミュージアムションㇷ゚では美術
館がつくったターナーの図録(英語版のみ)が販売されていたので、重たい
のを覚悟で購入した。
ナショナルギャラリーにある‘雨、蒸気、スピードーグレートウエスタン鉄道’
はたんに陸橋を渡る蒸気機関車が描かれた普通の風景画とはまったく異なる。
とにかく激しくスピードがある。それを感じるのは機関車の姿が先頭をはじ
め全体がはっきり描かれてなく、まわりの空気もぼやかされているから。
印象派のモネも列車が走るところをロングショットで描いているが、ターナ
ーのこのスピード感には叶わない。雨が降るなか列車は全速力で走って来て、
新幹線のように手前にすっと消えていく感じ。
ターナーはこの絵を描くため、実際の列車に乗り込み窓から身を乗り出して
10分以上過ごしたという。この体を張って自然のリアルな光景をつかむと
いう体験を‘吹雪’でも行っている。60過ぎのわが身をマストにしばりつけ嵐
のなかに蒸気船を出した。こうして、渦巻き、逆立つ光と大気、荒れ狂う嵐
の海が目に飛び込んでくる傑作が生まれた。ところが、人々は抽象画を思わ
せるような斬新さに戸惑い、拒絶しこう言った。‘何が描いてあるのかわから
ない。まるで石鹸の泡、ターナーはもうろくした’。この批判に対してターナ
ーは‘わからない、それがどうしたというのです。大事なことはただ一つ、
観る者に深い印象を与えられるかどうかです’と切り返した。
フィラデルフィア美にある‘国会議事堂の炎上、1834年10月16日’と
ボストン美でみた‘奴隷船’に魅了され続けている。ともにターナーのジャーナ
リスト感覚が描かせた作品。どちらも赤が強烈な印象を与えている。1834
年10月16日の夜、ロンドンの中心部にある国会議事堂が炎につつまれた。
その火の粉がまいがりこちらまで飛んできている。右のウェストミンスター
橋や川岸は大勢の人々で埋め尽くされ、この大惨事をみつめている。‘奴隷船’
はむごたらしい光景が描かれている。海に浮かんでいるのは航海中に病気に
なった黒人奴隷たち。そこに魚が群がっている。正面の太陽が空を真っ赤に
染めあげるなか、船は奴隷たちを見捨てて去っていく。これは1781年、
130人の奴隷が虐殺された‘ゾング号事件’をもとに制作されたといわれて
いる。
‘レグルス’は構図のつくりかたはクロード・ロランを意識しているが、太陽
の強い光を放射状にみせるのはターナー流。紀元前3世紀頃のローマの将軍
レグロスは敵国カルタゴとの軍事取引に失敗する。その罰として両まぶたは
切り取られ太陽の目をさらされたため盲目になった。これはこの逸話にもと
づいて描かれた。これほどまばゆいと皆、盲目になってしまいそう。