南青山にある根津美術館で鈴木其一(1796~1858)の代表作‘夏秋渓流
図屏風’にスポットを当てた特別展が開かれている。東京や神奈川の新型コロナ
の感染者数がかなり減ってきたので、そろそろ美術館巡りが再会できるかなと
思い、美術館のHPを久しぶりにみていたら大事な情報に出くわした。根津美
が所蔵している其一の‘夏秋渓流図’は2020年重文に指定されていた。琳派
狂いとしては面目ない話だが、これを知らなかった。許してちょうだい!其一
ちゃん。自分のところにある絵が重文のおすみつきをもらうのは嬉しいかぎり
だろう。それを記念して企画されたのが今回のミニ其一展。この絵の誕生を
ほかの画家の作品との関連から多角的にさぐっている。
‘夏秋図’はこれまで数多くみており鮮やかな群青と金泥で描かれた流水に魅了さ
れ続けている。だから、また足を運ぶこともなかったが、一枚の絵でその考え
を変えた。円山応挙(1733~1795)の‘保津川図屏風’。これは応挙が亡
くなる一ヶ月前に描いたもの。一度みたことがあり、生き物が川を下っているよ
うに映る水の流れの表現を息を呑んでみていた。日本画の鑑賞体験における
‘ピーク・エクスペリエンス’の一枚である。再会の機会をつくってくれた根津美
に感謝!
ミニ回顧展とはいえ、根津のようなブランド美術館となるとこれまでみたこと
のない其一をひょいと出してくる。10点もある。これがスゴイ。長く見てい
たのが‘菊図’と‘青楓に小禽図’。ボストン美にも二曲一双の‘菊図’があるが、この
白、赤、黄の菊も心を和ませる。其一の花の絵でぐっとくるのは朝顔と菊と
向日葵。‘小禽図’は微笑ましい光景が描かれている。幹の穴のなかの巣で二羽の
雛鳥が口を開けて親鳥が運んでくる餌の虫を待っている。こういう画題と選ら
ぶ其一のやさしい心根がとてもいい。
其一はただの江戸琳派ではなく、画業の幅が非常に広い。それを表すのが風俗画
の‘浅草寺節分図’。柱につくった台の上に団扇をもった男二人と札をまく僧侶が
いる。まかれた札はひらひらと落ちていき、下では大勢の人たちが競って札を獲
ろうとしている。台と人々のいる距離は絵でみるかぎりだいぶ離れている感じだ
から、高所恐怖症の者はこの役目は果たせそうにない。でも、これは其一が賑や
かしさを出すために意図的に高くしているのだろう。