‘クールスク県の十字架行進’(1881~83年 国立トレチャコフ美)
‘スルタンに手紙を書くコサック’(1880~91年 ロシア美)
‘イワン雷帝とその息子イワン’(1885年 トレチャコフ美)
国内の美術館で開催される西洋絵画の特別展には名の知れた海外の美術館、
たとえばルーヴルとかオルセーとかにある名画をごそっと並べて多くの
美術ファンを楽しませるスタイルが定番のように実施される。今は展覧会
の情報はネットでみれば数多く入ってくるから、お目当てのものを見逃さ
ず足を運んでいると飛行機に乗って海外へ行かなくても、美術本に掲載さ
れた有名な絵にだって遭遇するころができる。普段はなかなかみる機会が
ないロシア絵画については2007年と2009年に国立ロシア美(サン
クトペテルブルク)、国立トレチャコフ美(モスクワ)のいい絵がたくさ
んやってきた。
はじめは知らない画家が多くいたが、そのなかで魅了される作品を多く描
いているのがロシア・リアリスムの大画家、イリア・レーピン(1844
~1930)のことが忘れられなくなった。ウクライナの開拓民の子とし
て生まれたレーピンはロシアの大地や民衆の歴史に根差したものをテーマ
にして次から次に傑作を描いた。とくにぐっとくるのがロシアの至宝とも
いわれる‘ヴォルガの船曳き’、でもこれはまだ本物にお目にかかってない。
辛い仕事の船曳きに駆り出された男たち、真ん中でこちら鋭い視線を投げ
かける男の存在感が半端でない。なんとしてももう一度サンクトペテルブ
ルクを訪問し、この絵と対面したい。
イギリスのフリスの‘ダービーの日’を連想させる‘クールスク県の十字架行
進’はモスクワへ行ったとき運よくトレチャコフ美への入館が行程に入って
いたので、遭遇することができた。左の先頭にいる背の曲がった男は単独
の肖像画のモデルにもなっている。‘トルコのスルタンに手紙を書くザポロ
ージャのコサック’はなんと活気にみちていることか、コサックたちのパワ
ーが全開といったところ。
‘思いがけなく’は衝撃的な絵。部屋に入って来た男に皆あっけにとられて
いる。まったく予想してなかった人が現れたという感じ。主人公が生家に
帰って来たのが皆信じられないのである。これは聖書にでてくる‘放蕩息子
の帰還’の現代版みたいなもの。映画のワンシーンをみているようでここに
はいりくんだ物語がつむがれている。この絵をレーピン展(2012年、
Bunkamura)でみれたのは生涯の思い出である。
トレチャコフを訪問したのに、当時はレーピンを知らなかったのでここに
‘1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン’があったことは
知る由もない。鮮血に顔が染まった息子を抱くイワン雷帝の悲痛な表情が
凄いインパクトをもっている。これもいつか会いたい。