ダッドの‘妖精の樵のたくみな一撃’(1855~64年 テート美)
ダイスの‘ペグウェル・ベイ、ケント州’(1858~60年 テート美)
ラファエロ前派のロセッティらより10年くらい年上の画家、ウィリアム・
フリス(1819~1909)が描いた‘ダービーの日’という大きな絵があ
る。絵のサイズは縦が1m、横は2.2m。この絵が日本にやってきたのは
1998年、東京都美で開かれたテートギャラリー展。マネやドガにも競馬
の絵はあるが、競馬という一大イベントに集まる多くの人々をこれほどリア
ルのとらえたものはみたことがない。ロイヤルアカデミーに出品されたとき、
ヴィクトリア女王はカタログ順に作品をみる習慣を破り、真先にフリスの絵
のところにいったという。
ダービーに足を運ぶのは美しいサラブレッドのレースをみるためだが、楽し
みはこれだけではない。得意の芸を披露して金を稼ぐ軽業師もいれば、物売
りもいる。ほかにも放蕩貴族の愛人、売春婦、いかさま師などヴィクトリア
朝時代の様々な社会階級の人々が描写されている。賑やかで陽気な情景をひ
とつひとつみていくのはじつに楽しい。フリスにはロンドンの西側の玄関
だったグレート・ウエスタン鉄道のパディントン駅の構内を描いた‘駅’がある。
プラットフォームに人生の縮図をみるような絵で、画面の右では一等車に乗
りこもうとした男がステップに足をかけた瞬間張りこんでいた私服刑事に肩
をつかまれ、逮捕状をつきつけられている場面が描かれている。おもしろい!
テートにあるリチャード・ダッド(1817~1886)の‘妖精の樵のたく
みな一撃’は不思議な絵。ダッドは25歳のとき一種の幻覚症状になり父親を
発作的に刺殺してしまった。そのため、没するまでの40年以上を精神病院
過ごすことになる。でも、幸運なことに病院長のはからいで絵を描くことが
許され、この傑作を10年の歳月をかけて完成させた。画面をじっくりみる
とその丁寧な細部描写に驚かされる。とくに惹かれるのが克明をきわめた花
や細長い草。これらに囲まれた中央の後ろ向きの樵は斧でナッツを割ろうと
している。樵の正面に座る白髭の老人は魔法使いの王。
ウィリアム・ダイス(1806~1864)の‘ペグウエル・ベイ、ケント州
ー1858年10月5日の思い出’で心をうごかされるのは構図のとりかた。
手前に人物を配し、中景に印象的な灰色の崖を海に向かってのばしている。
なんだか浮世絵の風景画をみているよう。