東博にある工芸のお宝でとくに気に入っているのが蒔絵の手箱や硯箱。つい
夢中になってみてしまうのは光悦と光琳の硯箱だけではない。もうひとつ
気分をハイにしてくれるのがある。平安時代につくられた‘片輪車螺鈿蒔絵手
箱’。工芸一般に使われた日本の文様のなかで平安時代の後期から貴族たちが
乗った牛車が文様化された。‘片輪車’はそのひとつで牛車の車輪が乾燥して
木組みが崩れるのを防ぐため水に浸した情景を表現している。車輪を意匠と
して蒔絵に螺鈿を交えて美しくみせるという創作心が本当にスゴイ。
堆朱はふだんは見る機会がなく、以前よく開催された中国展とか東博やMOA
の平常展示くらいしか縁がない。南宋時代に制作された‘花鳥堆朱長方形箱’は
光沢のある朱漆で覆われた長箱に一対の鳳凰と牡丹、菊、睡花など様々な花
が丁寧にしっかり刻まれている。漆を彫る作業は硬いため大変な労力と多く
の時間を必要とする。だから、出来上がったものは軽い気持ちではみれない。
‘浜松図真形釜’は古来から茶の湯釜の名産地として有名な福岡県遠賀川河口の
芦屋を代表する釜のひとつ。東博では同じ芦屋でつくられた胴回りにみられ
る小粒の霰(あられ)文が印象深い‘園城寺霰釜’よく一緒に飾られているが、
‘浜松図’のほうは胴に鎧をつけたイメージでさらにボリューム感がある。はじ
めてみたときは動物のアルマジロを思い出した。
2年前までは海外からの観光客が東博でもどんどん増えていたが、彼らが熱
心にみていたのは刀のコーナー。英語の説明書きに目をやり真剣なまなざし
で名刀にむきあっていた。よく耳にしていた日本刀をコレクションしている
海外の愛好家の話から今は一般の外人にまで日本の刀の魅力が浸透している。
また、昔はみなかったグループが目立つようになった。それは日本の若い
女性、備前福岡一文字派を代表する名工の吉房の‘太刀’(国宝)や鎌倉時代
末期の相州鍛冶、正宗の傑作‘刀 金象嵌’(国宝)が展示されるときは万難を
排して駆けつけるにちがいない。そして、美しい刃文をみて胸がキュンとな
っていることだろう。