‘シミーズをまくる女'(1901年 オルブライト=ノックス美)
絵描きの創作意欲が画家の常日頃の感情の持ちようによって支配されている
のは間違いないが、陽気なときと精神が不安定なときの振れ幅がどれくらい
あるかは画家それぞれ。ロートレックは後年モンマルトルに入り浸って馴染
みの娼婦と会話を交わし酒をあおるという生活だったから、作品には娼婦が
たくさん登場する。
でも、こういう都会の底辺に生きる人々の陰の部分だけがロートレックの
表現のすべてではない。見る者に無邪気で底抜けに明るい気分をよびおこす
絵も描いている。その極めつきがオルセーにある‘寝台'と昨年のコートールド
美展に出品された‘個室の中'。‘寝台'はベッドで寝ている人はすごく親しみを
覚えるにちがいない。恋愛映画にはこういうシーンは必ずでてくる。
そして、‘個室の中'は真っ赤な口紅が印象的な高級娼婦のはじける笑顔がなん
ともいい。お客がひっきりなしにつくから余裕で気分は自然とおおらかにな
るのだろう。
ドガの‘アプサント'を意識して描いたのが‘カフェ・ミー'、ドガの絵と同様、
二人は心が通い合っていないことはすぐ察しがつくが、この状況は典型的な
中年離婚の症状。ぷいと横を向く女の心の中は‘もうあんたなんかの顔もみた
くないわ、ほとほと愛想がつきたよ。大人しくお前のいうことをきくよ、
なんて言ったってよりを戻す気はないからね'ということかもしれない。
‘シミーズをまくる女'は日本で30年くらい前開かれたアメリカのバッファ
ローにあるオルブライト=ノックス美の所蔵名品展でお目にかかった。当時
はまだロートレックのイメージがポスターで固まっていたから、リアルな
人物描写にドキッとした。