ラファエロ前派に光をあてた企画展では欠かせない画家がヒューズ(1832~1915)とスタンホープ(1929~1908)。ミレイの影響をうけたヒューズの代表作が‘4月の恋’、たしかにミレイの‘オフィーリア’を彷彿とさせる優美さがほのかに匂ってくる。
これとは対照的に同じ縦長のカンバスにささくれた娼婦の様子が描かれているのがスタンホープの‘過去の追憶’、この女はロセッテイの圧の強い‘プロセルピナ’にくらべれば近くまで寄っていけそう。破れたカーテンや伸び放題の鉢植えなど部屋のたたずまいはずいぶん緩んでいるが、毒のある顔でもないのでこの日の天気のことくらいは話せるかもしれない。どうでもいいことだが、じっとみていると女優の仲間由紀恵がダブってくる。
ラファエロ前派とはかかわりをもたず独自の道を歩んだワッツ(1817~1904)、ここには最も惹かれる‘希望’がある。その画風はベルギー象徴派のクノップフ(1858~1921)とよく似ている。球の上に乗っている女性は目隠しをして竪琴を弾いているが、その竪琴をよくみると弦は1本しか残っていない。痛々しく絶望のイメージなのに希望とするところがワッツ流。
ワッツの率直な印象はすごくいいのがあると思えば駄作にも遭遇するいう感じ。これと同じところがあるのがウォーターハウス(1849~1917)、‘シャロットの女’はすごくいい絵なのにテイトでみたほかの絵はパッとしなかった。これほど落差があると評価は下がる。
その体験を引きずったままあるとき日本にやってきた作品をみたが、その思いは変わらなかった。細部の描写に手抜きが多いのでテイトの印象は当たっていた。