ダリの‘聖アントニウスの誘惑’(ブリュッセル ベルギー王立美)
マティス(1869~1954)は晩年病気に苦しめられるが、それをきっかえにとり組んだ切り絵からすっきりした形と明快な色彩が見事に融合した傑作が生まれた。そのひとつが‘ジャズ、全部で20枚、心に響くものがいくつもある。
‘イカロス’はギリシャ神話を題材にしたもの、太陽に接近しすぎて落下するイカロスの様子が黒のシルエットからよく伝わってくる。‘礁湖’はマティスが1930年にオセアニアを旅行したときの思い出にもとづいている。黒の海草のほかに白と赤のミミズやひょうたんを連想させる生き物たちがゆらゆらと海面を漂っている。この切り絵、簡単にできそうだがこれほど秀逸なデザインにはとても仕上がりそうにない。
ダリ(1904~1989)の‘聖アントニウスの誘惑’はブルュッセルの王立美で2回とも姿を見せてくれなかった。海外の美術館へそう何回も行けるわけでもないのに、2回も足を運んだ王立美で不運を繰り返すとは、こういうときは心がひねくれてくる。ブリュッセルという街によほど嫌われている。
隣の方からは4度目のベルギーは無しと釘をさされているが、このダリの奇怪な象とはなんとしても会いたい。悪魔がアントニウスを誘惑するために美女や怪物に変身する。美女が登場するのはお話の通りだなと思うが、細く長い足をもった馬や象はちゃんとアントニウスの心を乱せるだろうか?怖さが足りないのでは。この絵の見どころはやっぱり4頭の象、クモのような足をもつ象をダリはどこから発想したのだろうか?
バルテュス(1908~2001)の回顧展を今年体験したのは一生の思い出になるかもしれない。‘美しい日々’も心を奪われた一枚。視線が向かうのは暖炉の激しく燃えあがる火と少女を後ろから照らす窓からの光。この見事な光の描写をみるとバルテュスがまさに光の画家であることを強く認識する。