‘三代目大谷鬼次の江戸兵衛’(1794年 メトロポリタン美)
‘市川鰕蔵の竹村定之進’(1794年 マーン・コレクション)
‘四代目松本幸四郎の山谷の肴家五郎兵衛’(1794 年 マーン・コレクション)
東博でこれまでみた大規模な浮世絵展は2005年の北斎展と2011年の
写楽展。葛飾北斎も東洲斎写楽も世界的に評価が高い大浮世絵師だから、
海外のブランド美術館や個人コレクターのところには国内の美術館が所蔵す
るものより摺りの状態が格段にいい浮世絵が数多く存在する。そうした浮世
絵本に載っている名品がどっとでてくるので感動の袋はパンパンに膨れ上が
っていく。生涯の思い出である。
写楽のデビュー(寛政6年5月)は何から何まで型破りだった。新人なのに
28点もの作品が一挙に発売された。それは歌舞伎役者の姿を大首絵と呼ば
れる半身像のアップで描くというもので、その大胆不敵な人物描写は庶民の
度肝を抜いた。この半身像を浮き上がらせているのが鏡面のように光を放つ
背景。雲母の粉を入れた黒雲母摺(くろきらずり)という贅沢な技法が使わ
れている。
28枚には女性も登場するが、やはり男性のほうに関心がいく。もっとも衝撃
的な大首絵は‘三代目大谷鬼次の江戸兵衛’。鷲鼻とヤモリの手足を連想させる
手の指が目に焼き付いている。ワルの江戸兵衛は‘やるか、ヘナちょこ’と奴一
平にすごんでいる。実際の歌舞伎の場面より迫力があるように映る。この人
物描写が大いに受けた。
役柄の心理とそれを演じる役者のパーソナリティまで考慮して、写楽は鋭い
まなざしで深くところまで内面をえぐりだす。そして、切手の絵柄に使われた
‘市川鰕蔵の竹村定之進’にも魅了され続けている。ほかにも、‘金かしの石部
の金吉’の強気の構えや‘山谷の肴家五郎兵衛’の渋い演技、‘鷲塚八平次’のオー
バーアクションが忘れられない。