西洋絵画で宗教画を頻繁にみているとキリスト教徒でもないのにキリストの
物語をいろいろ覚えるように、日本画でも釈迦涅槃図や普賢菩薩像、阿弥陀
来迎図などを鑑賞することによって仏教の歴史や教えについて理解が深まっ
ていく。もし美術と接することを趣味にしてなかったら、宗教とのつきあい
は普通程度のままだったかもれない。
阿弥陀来迎図いうとすぐ思い浮かぶのは知恩院にある‘阿弥陀二十五菩薩来迎
図(早来迎)’。阿弥陀が二十菩薩を率いて斜め上から急角度でひゅーっと降
りてくるという構図に驚かされる。このスピード感に圧倒され、右下で往生
を待つ人物を見逃してしまいそうになる。これほど熱く西方極楽浄土から迎
えられたら死者は感激極まるだろう。
禅林寺の‘山越阿弥陀図’をみたとき解説文におもしろいことが書いてあった。
阿弥陀の親指内側には五色の糸が通されたときの穴が残っているという。死
にゆく者は必至にその糸を握りただただ極楽浄土へ連れて行ってもらうこと
を祈ったのである。京博にあるものはときどき平常展でお目にかかったが、
山のかなたで往生者を迎える阿弥陀の姿に見惚れ長くみていた。
‘当麻曼荼羅縁起絵巻’も知恩院の早来迎同様、最後の場面が圧巻である。上は
仏法に帰依し出家した姫が蓮の糸で曼荼羅を織り極楽往生した場面が描かれ、
下は阿弥陀が大勢の菩薩を連れてやってきたところ。
香雪美が所蔵する‘二河白道図’(にがびゃくどうず)は画面をじっくりみる
現世と極楽の関係がよくのみこめる。下半分が此岸(現世)で上が彼岸(極
楽浄土)。群賊に追われた旅人が見送る釈迦と迎える阿弥陀の支えによって
水と火の二つの河をまたぐ白道を渡り彼岸をめざす場面が描かれている。水
の河には財宝と家族を描いて愛欲を表し、火の河には武士の戦闘を描き憎悪
の世界を示している。