国宝 ‘瀟湘八景 漁村夕照図’(部分 南宋13世紀 根津美)
雪舟に思い入れが強くなるとそれと並行して中国の名画にも関心がいくよう
になる。そして、南宋末の禅僧、牧谿(もっけい)の虜になっていく。
有名な‘瀟湘八景図’に夢中になるが、お目当てのものにたどりつくには時間が
かかる。南宋絵画の展覧会にめぐり合うとか作品を所蔵している美術館での
公開にタイミングがあうといった幸運にも恵まれないと願いは叶えられない。
最初に出会ったのは根津美にある‘漁村夕照図’。国宝である。夕闇迫る漁村の
光景が墨の濃淡を使って詩情豊かに表現されている。視線が注がれるのが中央
の小さな舟に乗りまだ漁をしている漁師たちの姿。そして、右のほうをみる
と山々や家に白い霞がかかり、そこからでてくる光に照らされている。これ
が牧谿の水墨風景画か!‘最高の瞬間’を体験させてもらった。
畠山記念館が所蔵する‘煙寺晩鐘図’も国宝だが、こちらはなかなか鑑賞する
機会に恵まれなかった。他館の展覧会にはでてこないし、自分のところでの
披露もすごく間隔が開く。前回はいつだったかもよくわからないほど姿をみ
せてくれなかった。だから、ようやくお目にかかれたときは感慨深かった。
画面の大半が煙霧につつまれており、ちらっと寺の屋根とそれを囲むように
立つ木々がみえるだけ。どこかイギリスのターナーの風景画を観ているよう
な気になる。多くが描き込まれてなくても自然の大きさを感じさせるところ
が本当にすごい。
牧谿の国宝がもう一点ある。大徳寺蔵の‘観音猿鶴図’、大変大きな三尊形式の
掛け軸で観音菩薩の右に枯木で休む猿の親子、左に嘴をあけて鳴いている鶴
が描かれている。ぱっとみて、これは見栄えのする掛け軸と感心させられ長
く見てしまう。これをみたのは大徳寺ではなく鎌倉の建長寺展が開かれたと
きに運よく巡り会えた。これも生涯の思い出となる牧谿。
‘蜆子和尚図(けんすおしょう)’はユーモラスな絵なので目に焼きついている。
唐末に生きた蜆子(けんす)和尚は放浪の生活を送っており、日中は蝦(えび)
や蜆(しじみ)をとって食べていた。花鳥画では五島美、MOA美、出光美が
もっている‘叭々鳥図’に惹かれている。3点別々に鑑賞したが、五島美で開か
れた牧谿展(1996年)では一緒に飾られた。