横浜そごうのなかにある美術館で現在‘黒田辰秋の世界’展(2/1~3/10)が開かれている。木工芸の人間国宝に1970年指定された黒田辰秋(1904~1982)の回顧展に遭遇するのははじめてのこと。以前から黒田の作品をまとまった形でみたいと思っていたから、楽しみにしていた。
展示されている家具、茶道具、食器類などの木工作品は全部で90点くらい。これまで日本民藝館や東近美で体験したものは両手をちょっと上回るほどしかないから、目の前に現れるすばらしい漆芸1点々に吸いこまれていく。
黒田辰秋の作品は多くの芸術家や文士、実業家に愛された。そうした錚々たる目利きたちのお気に入りの品々が順番にでてくる。河井寛次郎、柳宗悦、鍵善良房、白洲正子、小林秀雄、武者小路実篤、梅原龍三郎、川端康成、黒澤明。
今回、家具、食器類などに施された拭漆によって浮かびあがる木目の模様を存分に味わった。木工芸の魅力はこの素朴で温もりのある木目の景色、楕円の盆の連続する木目をいい気持でながめていた。映画監督の黒澤明
が御殿場に山荘を建てたとき家具一式を黒田に依頼した。そのひとつ、大きな椅子に度肝を抜かれた。
じつにどっしりした椅子で背もたれの彫花文の造形のよさが目をひく。黒田は‘王様の椅子’と名付けている。まさに監督が座るのにふさわしい椅子、クライアントの要望に200%応えるのが一流のプロの技、座りたくてしょうがなかった。財政が豊かな豊田市美は絵画だけでなくこういう工芸の名品までコレクションしていたとは。
螺鈿の作品も数多くある。とくに魅せられるのがメキシコ鮑の貝(耀貝)を用いたもの。妖艶な輝きに息を吞んでみていた。円形の喰篭のほかに茶器、タバコ入れ、飾箱、箸入れ、いずれも欲しくなるものばかり。これまでみたのは小さいもの。これほど大きくて見事な細工だと宝飾品をみているのと同じ感覚。気持ちがぐっと高揚する。
黒田のデザインセンスが光るのが赤漆の作品、流れるような捻紋が心を揺すぶる蓋物、そして東近美でお目にかかったことのある流綾文の大きな飾箱の前に長くいた。このモダンさ、黒田の豊かな感性にほとほと感服させられた。