生を受けた国と制作活動の拠点が異なる画家がいる。イギリスの画家かとみ
まがうのが本籍アメリカで現住所イギリスのホィッスラーとサージェント、
そして、フランス西部の街、ナント出身のジェイムズ・ティソ(1836~
1902)も同じ印象をもつ画家。ロンドンのテート美が所蔵している
代表作‘船上の舞踏会’を描いたティソはこの絵のイメージが強すぎて最初の
頃はてっきりイギリス人だと思っていた。
よく色彩の使い方と構図のとりかたは画家が努力して獲得する能力ではなく、
もって生まれたセンスだと言われる。‘船上の舞踏会’は中央の空間を大きく
開けて導線をつくり視線を船の奥の方へひきこんでいく構図がなかなかいい。
大勢の紳士淑女が集う賑やかな舞踏会のなかを通りぬけていく感じ。右のと
ころをよく見ると下のフロアで踊りの真っ最中でそのずっと先でも楽しく
ペアを組んでいる。人物の中でとても気になるのが左手でこちらをみている
色白の女性。フランス人がイギリス上流社会を描いた傑作である。
ボストン美でお目にかかった‘パリの女たち、サーカス’、縦長の画面にサー
カスでお馴染みの丸い形の舞台が見る者にイメージできるように左半分をば
っさりカットし下からだんだん高くなる客席はたっぷりみせている。2人の
団員が演じているのは定番のブランコ。手前で一人こちらをみている女性は
‘船上の舞踏会’に登場したのと同じ人物で友人のマーガレット・ケネディ。
ほかの男女とはまったく異なるポーズをした特定の女性を何度も描くという
アイデアがおもしろい。‘舞踏家’でも何人も描かれているのに彼らは存在感
がとても弱く、視線は黄色の衣裳に身をつつんだ美形の女性だけに集中する。
まるで映画‘マイフェアレディ’にでてくるオードリー・へプバーンをみている
よう。
ドガとうまがあったティソはジャポニスムの影響を受けており、‘放蕩息子ー
遠い国にて’はエキゾティスムに陶酔する気分があらわれている。また、万国
博の日本代表としてパリに滞在した徳川昭武に絵の手ほどきをし、昭武の
肖像を水彩で描いた。ティソはこの絵の3年後にロンドンに移り、1982年
まで住み人気の画家になった。